クロボー/マーズ宿
2017/12/28(Thu)
冒頭+サルバ、クロス
宿屋『フィン』にて
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マーズにたどり着くと、セリーヌには見合い写真が待っていた。
しかし彼女は妙に面白がった微笑みと共に、宿の一階酒場オーシンで皆に釣書を見せてきた。
エクスペルの郵送は当てにならない様子だ。幾らか昔のもの、そして意外な人物。5年前のボーマンの写真だった。
そうかまだこの頃には結婚していなかったのか。
現在リンガで売られているカメラよりも、また一段、粗い解像度に色がくすんだ写真。
ほんの少し表情が硬く若々しい彼を、クロードは脳裏に塗り込むように眺めてしまう。
当人であるセリーヌとボーマンは特に、ツボに入ったように笑い飛ばしていた。ありえませんわ。ありえねえ。
確かにそうですよね、とクロードも合わせて笑う。
ボーマンがニーネ以外とだなんて、本当に、本当に。ありえない。
クロードが宿の部屋に戻ると、ボーマンは窓辺の幾分眩しくなってきた日差しを傍らに、何冊かの本と過ごしていた。
酒場での会話が続く中、先に戻ると席を外したあと、村長宅の書庫に向かっていたのだろう。
簡易な仕切りがあるだけの部屋なのに、クロードが階段を登るキシキシと鳴る物音にも気付かないほど、夢中で視線を注いでいる。
そういえば、特別な薬草もマーズにはあると以前言っていた。つまりそれらに関する書物もある。
気付かないのならばとこっそり絨毯を踏みしめ、いつ気づくかなと近付く。
光を浴びて、身体の隅々に深く陰影を縫い込んだ、真剣な横顔。
ひょうひょうとした笑顔とはまた違う、こんな面もあるから好きなのだと、胸でしゅわつく栓が緩みそうになる。
隣のクッションに腰掛けると、ようやく、瞼を一度閉じてからの粗雑な一瞬の一瞥。
「なーにコソついてんだ」
「気づいてましたか」
「へっ、俺を鈍感扱いするなよ」
想いにも、気づいている。遠回しな意味。
本に変わらず視線を落としたまま、そんな酷い言い方をする。遊び心かポーカーフェイスか。
どんな表情をしていても、クロードの好きな横顔。
こんなに隙があるのに、鈍感じゃないって?
ボーマンの耳元に鼻先を寄せると、日差しを受けて眩かった金髪が、すぐさま影の色に混ざり込む。
届く匂いがボーマンだけになる。ボーマンの薬草の匂いは、特別。
こんなとき、光なんていらないな、と思えてくる。肌のぬくもりに明るさを思う。
盗人の言い草だ。
本の見開きに腕を載せて邪魔をすると、彼は子どもをどうあやすかを迷う顔で、こちらを向いた。
つん、と唇を当てる。
「……堂々とやりやがって」
一途に見つめ続けていれば恰好がついたはずが、つい目線を逸らしてしまった。
やるつもりはなかった。盗人の言い訳だ。
遺跡の奥地の強敵と戦った後より、ずっと心臓が跳ね回るのだから、こんな気軽にしていては身がもたない。
本当に鈍感じゃないなら、この『意味』だって、ちゃんと分からないふりをしてください。
顔が見えない。だけど、分かる。見られている。本への視界を奪えたことにも、クロードの胸を躍らせた。
「……、…………なあ、クロー」
ドタバタと、快活な足音が階段を登ってさえぎった。
「私としたことが、大事なカメラを置いてくるだなんてねぇ。
あらっ、二人も一緒にどう? セリーヌがこの村の聖地である『紋章の森』を案内してくれるんですって!」
屈託のない笑顔で誘うチサトに、クロードは変な顔をしていないか、慌てて熱い頬に触れる。
「え、っと」
「俺は入ったことあるからいいや。クロードは行きたいだろ、せっかくのチャンスだぜ?」
「なんでですか僕だって」
戸惑っている間に勝手なことを言う。第一その森には以前にも入ったことがある。
「じゃあ、クロードくん行きましょ! あとはアシュトンとノエルも行くわよ、どうせならレオンくんも誘いましょ」
抗議を挟む余地もなくチサトに腕を取られ、クロードは階段を降りて行かされる。
一人残ったボーマンの、ため息のニュアンスは聞こえないまま。
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次回ハーリー
クロボーなし画像、背景はWさん
衝立の点描もすごいし絨毯とか布団とか模様すごい…かわくてオシャレなマーズ宿めっちゃかわいいしお洒落……
No.2187|SO2関連|