昔のノエケル小説発掘
2018/01/12(Fri)
眠る街
立つ鳥の如く、跡を濁さぬように。
執着はヒトの性であることは歴然としていたが、それでも毅然とこの地と別れる支度を進める。
ノエルはギヴァウェイにある自宅で、文献や資料の整理や処分に一区切りつけたところだった。
数年かけて集めた、さまざまな研究と貴重な分析。
若い者が目を通せば参考になる、と相談した相手は寄贈を薦めてきた。
とはいえ大学の図書室にそれらが移動しても、この地に残されたのはあと数日だ。
長くても数週間かそこらの猶予で、永遠の時でも足りない研究に対して貢献ができるのだろうか、と悩ませる。
立つ鳥は殻を破っても巣を築いても、残された殻は巣は、死に絶えるのだ。
鳥が死を逃れることはできないばかりか、鳥自身の羽ばたきがそれを選ぶ。埃被ることさえもできずに。
冬の街は、今日も今朝から白い雪結晶が舞い、空を灰色にしていた。
「ノエル先生、お茶が入りましたよ」
差し出されていた湯気に気づいた途端、紅茶の香りが鼻孔を撫でる。
「あ、ああ。すみません、ケルメさん」
「お茶っ葉が未開封で出てくるだなんて、毎日掃除していたのに信じられません」
小さな缶入りのやや高価な貰い物は、資料の束の奥で乾いていた。
あれは誰にもらったのだろうか。まだ熱いお茶に息を吹きかけ、湯気に隠れる澄んだ赤色を揺らす。
逆に言えば、最後に出てきて、よかったのだろう。
「どうしましょうかね」
「はい」
「文献たちは大学が引き取ってくださるとしても、意味があると思いますか」
「意味なんて、ありますよ」
「ありますかね。ほんの少しの時間しか持つことのできない知識は、有用な経験になるのでしょうか」
「あと二時間後だとしても、ありますよ。経験は、残り時間の長さが重要ではありませんから」
「もしかすれば誰かのあと一歩になれる、その可能性は最後の一瞬まで残っているということですか」
「そうですよ。きっと、そうです」
「だけど、その一歩でもうあと百の続きが見えてしまったときは、恐ろしい」
同意を求めるつもりではなかったが、自身が次第に否定的な方向に思考を走らせていることに気づいた。
目の前の彼女が、寂しげに顔を伏せている、その仕草を見たときにようやく気づいた。
謝罪の言葉を手繰り寄せる前に、ケルメは幾らか緊張した面持ちで口を開く。
「その百が見えても、一歩を許してください」
「いえ、悪いことばかり想像してしまった自分こそ、許してください」
明るいことを何か言おうと脳裏で巡らせても、残された時間の少ない相手に一体何が言えるのだろうと躊躇する。
ただただ温い微笑みを浮かべて、優しい時間を過ごした方がマシだったかもしれない。
穏やかな娘は、今日はやけに緊張していた。
終焉の鐘が近づいていることを知っている上で、穏やかさを保てるヒトなどいないのだろう。
::
テキストメモを整理してたんだが、これ公開したやつ…???
公開してたら重複ごめんな。プロパティからすると2012年作。
確実に 『エデンの灯り』(ネーデ崩壊前後のネーディアンたちのエピソード)関係だと思うが、そこに収録されていない…
たぶん、台詞の整理ができていないっぽいのと、まだ続きがあったんじゃないかなこれ。
立つ鳥の如く、跡を濁さぬように。
執着はヒトの性であることは歴然としていたが、それでも毅然とこの地と別れる支度を進める。
ノエルはギヴァウェイにある自宅で、文献や資料の整理や処分に一区切りつけたところだった。
数年かけて集めた、さまざまな研究と貴重な分析。
若い者が目を通せば参考になる、と相談した相手は寄贈を薦めてきた。
とはいえ大学の図書室にそれらが移動しても、この地に残されたのはあと数日だ。
長くても数週間かそこらの猶予で、永遠の時でも足りない研究に対して貢献ができるのだろうか、と悩ませる。
立つ鳥は殻を破っても巣を築いても、残された殻は巣は、死に絶えるのだ。
鳥が死を逃れることはできないばかりか、鳥自身の羽ばたきがそれを選ぶ。埃被ることさえもできずに。
冬の街は、今日も今朝から白い雪結晶が舞い、空を灰色にしていた。
「ノエル先生、お茶が入りましたよ」
差し出されていた湯気に気づいた途端、紅茶の香りが鼻孔を撫でる。
「あ、ああ。すみません、ケルメさん」
「お茶っ葉が未開封で出てくるだなんて、毎日掃除していたのに信じられません」
小さな缶入りのやや高価な貰い物は、資料の束の奥で乾いていた。
あれは誰にもらったのだろうか。まだ熱いお茶に息を吹きかけ、湯気に隠れる澄んだ赤色を揺らす。
逆に言えば、最後に出てきて、よかったのだろう。
「どうしましょうかね」
「はい」
「文献たちは大学が引き取ってくださるとしても、意味があると思いますか」
「意味なんて、ありますよ」
「ありますかね。ほんの少しの時間しか持つことのできない知識は、有用な経験になるのでしょうか」
「あと二時間後だとしても、ありますよ。経験は、残り時間の長さが重要ではありませんから」
「もしかすれば誰かのあと一歩になれる、その可能性は最後の一瞬まで残っているということですか」
「そうですよ。きっと、そうです」
「だけど、その一歩でもうあと百の続きが見えてしまったときは、恐ろしい」
同意を求めるつもりではなかったが、自身が次第に否定的な方向に思考を走らせていることに気づいた。
目の前の彼女が、寂しげに顔を伏せている、その仕草を見たときにようやく気づいた。
謝罪の言葉を手繰り寄せる前に、ケルメは幾らか緊張した面持ちで口を開く。
「その百が見えても、一歩を許してください」
「いえ、悪いことばかり想像してしまった自分こそ、許してください」
明るいことを何か言おうと脳裏で巡らせても、残された時間の少ない相手に一体何が言えるのだろうと躊躇する。
ただただ温い微笑みを浮かべて、優しい時間を過ごした方がマシだったかもしれない。
穏やかな娘は、今日はやけに緊張していた。
終焉の鐘が近づいていることを知っている上で、穏やかさを保てるヒトなどいないのだろう。
::
テキストメモを整理してたんだが、これ公開したやつ…???
公開してたら重複ごめんな。プロパティからすると2012年作。
確実に 『エデンの灯り』(ネーデ崩壊前後のネーディアンたちのエピソード)関係だと思うが、そこに収録されていない…
たぶん、台詞の整理ができていないっぽいのと、まだ続きがあったんじゃないかなこれ。
No.2191|SO2関連|