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::柚缶日記::

もしもし!!!もしもし!!聞こえますか!!!

クロボー/ハーリー宿

2018/02/07(Wed)


冒頭+サルバクロスマーズ

宿屋『オーシャン・ビュー』にて
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 ハーリーの少女は、あの日から変わらず元気に過ごしていた。
 エラノール。クロードがボーマンと共に難病の治癒に尽力した少女。
 こちらの顔も覚えてくれていたようで、すぐさま歓迎してくれる純真な笑顔は、気持ちに花を咲かせる。
 ちらりと様子を聞きに行くだけのつもりが、家の前でボーマンと鉢合わせ、二階でままごとをするのに付き合った。
 ボーマンは旅の医者の役だなんて、そのままその通り宛がわれたのだが、なぜかクロードには、その医者と旅する犬。
 お前もそのままじゃねえか、だなんて軽口を叩かれたクロードは拗ね、犬らしく膝枕を敢行した。
 エラノールの母親に目撃されたと上から文句が降ってきたが、役に没頭してやろうとワンと応えておいた。
 もし本当に犬だったら、この先もきっと一緒に旅ができた。
 
 恋人でもないくせにキスしてきた男に、しかも二回もキスした男に、未だに許すだなんて。
 信じられない。
 今更嫌われたりしないという確信もあったが、それでも素直に喜ぶのは難しかった。
 リンガに着けばお別れだから、今だけだからと甘やかしているとなれば、少しばかり腹が立つ。
 もう少し迫ったら、……なんて考えてしまう隙をどうして見せるのだろう。
 それでも、立った腹は熱で蕩けるだけだ。あぶくになって、湯気に消える熱。
 宿に帰っても、いつもどおりに疑問もなく同じ部屋。
 窓の外には、波にくり抜かれた崖の岩盤の向こう、夕暮れの泳ぐ海が穏やかに輝いている。
 金色のロマンチックで穏やかな光景は、エラノールを助けた日の黄昏そのものだ。
 あのときボーマンが窓辺に腰掛けていたのを真似して、クロードは夕陽を背にした。
 エラノールの経緯も順調で良かったとか、気付けばロマネコンチが買えるくらいのフォル持ちだとか、他愛もない話。
「きれいな海だな」
 ふと話題が途切れ、ボーマンがつぶやく。
「明日の朝の便で、ようやくラクール大陸ですね。リンガまで、あと……何日くらいで着くかなあ」
「ああ」
 思っていたより、素っ気ない。
「帰る前に、ここでの思い出が増えてよかったです。旅をして、良かった」
「そうか」
 硬い声だった。
 喜びに満ちた声だとしたら、一人勝手に傷ついていただろうが、ボーマンの呟きは不服に満ちている。
 窓際のちゃぶ台に肘をかける彼は顔を背け、手持無沙汰にコップの縁をなぞる。
 クロードが告げたのは本心だ。幾らか本音を隠していても、嘘ではない。
「ボーマンさん?」
 窓枠から降り、肩に触れる。引き締まった身体。シャツ越しでも、どんな手触りより彼の身体は心地よい。
 掌に、いつまでも留めておきたくなるかのような、すべて。
「…………なんだよ」
「僕との思い出を、もっと作らせてください」
 がたん、とコップの中にボーマンは拳を斜めに突っ込んだ。
 中身は残り少なかったようで、零れるまではないが拳骨の先を濡らす。
「ふざけんなよ! ああクソ、てめーは短絡的なんだよ!」
「え?」
 真っ赤に動揺する顔がこちらを睨みつけるが、何故怒っているのか、クロードには分からなかった。
 分からなかったが、愛しさに満ちたまなざし。
「そんな『思い出』で俺は終わらせるつもりねーからな!」
「ええ?」
 我ながら、間抜けな声が上がる。
 至近距離で拳が飛んで来るが、驚くほど緩いので受け流し、疑問のまま手首に指を添えた。
「僕はただ……」
「一人で寝ろ!」
「僕はただ、ボーマンさんの顔が見たかっただけですよ。そっぽ向かれたままの思い出じゃ嫌ですよ」
 手首から、頬へ。クロードは腕を差し伸べる。
 ボーマンのぎくりとした挙動に潤みがちな瞳に、クロードも何のことだか、ようやくようやく察した。
 つまり、そう、考えていたのは、二人で寝るような思い出?
 信じられない。
 甘やかすどころじゃないぞ、そんなの、心にメトークスが満開だ。寂しげな一輪が満開だ。
「こっちを見てください。せっかくボーマンさんといる時間なんですから」
 僕はこれで充分です。音にならない声を告げる。
 気まずそうに顔を伏せて口許を隠すボーマンのために、本心から嘘の吐息。
 
 もし本当に犬だったら、こんな顔は見えなかった。
::
次回ヒルトン


背景はWさん作。クリックで拡大して見てね!!モノクロなのに夕陽が見える……

No.2207|SO2関連

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