カナシャル小説6本目
2020/08/20(Thu)
健全カナシャル小説(4300字)
政府会議帰りのタクシー乗って寮に帰る途中、シャルスからホテルへ誘われる話
あとでパソコンつけたときhtmlに移動させますが、一旦ここに置いときます
左肩が痛過ぎて絵が描けないなら小説書けばいいじゃないしてた。まだ痛いので次どれ書くかな
今宵の巣に向かう
夜の空にたなびく、幾つもの眩い光の線。
彼らが乗っているタクシーも同様にその軌道を描いていた。政府会議の帰り、人員タクシーに運ばれてケアード寮へ向かう最中だった。
普段ならば会議の時間が欲しくとも、未成年者保護の観点から学生二人の帰りがここまで遅くなることはないのだが、帰りのタクシーの予約がうまく取れておらず、その空いた時間は小さな水族館を二人で巡るほどあったため、今はこんな時間だ。二十三時の門限までには間に合うだろうと紳士の運転手が教えてくれる。
「今日はアリスペードの辺りを書きてえな」
「さっきの水族館、本当に海を泳いだみたいだったね」
海洋生物に刺激された、となればテンション高く解説していたシャルスにとっても嬉しいことのようだ。カナタは鞄から取り出したタブレットを膝に乗せ、文書作成アプリを立ち上げる。ディスプレイには、二ヶ月前の冒険の記録と感情がカナタらしい言葉になっていた。自分たちの冒険譚を、左手が綴っていく。タイトルももう打診をくれた出版社に伝えてある。『アストラ号の冒険』の原稿だ。
しばし指先で小さな音を立てたり、悩んで空中をかき回していると、控えめながらも腹が鳴った。
「飲食してもいいですか?」
すぐさま運転手に尋ねたのはシャルスだ。水族館付近のレストランが混んでいて摂り損ねた夕飯は、買っておいたスティック状のパンで胃を慰める。魚のシルエット絵がプリントされたパン。
「はい、カナタ。あーん」
義手は未だ届いていないが、右に座るシャルスが普段どおりにその役目を熟してくれる。元々、気遣いと優雅さのある彼の仕草は、初めの頃は妙に落ち着かなく気恥ずかしかったが、今では学食でも平気で行うほどにカナタも、そして周囲もすっかり慣れてしまった。
右腕の代わりに、小包装を剥いてパンを口元に運んでくる。なにも言わずとも、口内のベストタイミングでパウチドリンクのストローが差し出される。
「うまいなこのパン。魚肉ソーセージ入り?」
アリエスにされる方が、彼女自身のペースで食わせすぎてくるのを含めても心躍るのだが、丁度良く食べやすい案配を見計らってくれる安心感があるのはシャルスだった。まるで、右腕で飲食できているかのような気配り。安心して執筆できる。シャルスに視線を送ると、彼もちゃんとパンを食べているようだ。こちらに気づいて、夜の光の中、華やかな笑みを溢れさせる。パンを頬張っているのに、いや、そうして蘊蓄もせず黙っているからこその妙な気品だ。
イケメンだと常々感じていたにしろ、表紙と巻頭グラビアを務めたファッション誌が、普段の倍の売れ行きになったらしいだけはある。クローンである以上、顔を褒められても複雑なだけかもしれないが、帰還してから美男子に磨きがかかった気がする。造形だけではないその部分は、シャルス自身のものだろう。
雑誌よりもずっと無邪気に間近で微笑んでいる。この暗がりでも間違いなく、その明るい碧の瞳にカナタを映している。不思議な優越感をくすぐる瞳。
「なあに?」
低く甘く、穏やかに囁いてきた。
「いや、なんでもねえけど」
うっかり見つめすぎたようだ。視線をディスプレイに戻した。会議のあとに疲れていると、ついその綺麗な碧色を眺めてしまう。アリエスの左目と同じく、命に満ちた優しい色だ。水族館の海よりも、綺麗だ。
「今日もおつかれさま」
「シャルスもな、おつかれ」
殆ど疲れた様子を見せてくれないシャルスだが、カナタの言葉に嬉しそうに目を細める。
「小説、ボクも早く読みたいな。アリエスには読んでもらってるんだろ?」
「それは記憶能力で間違ってないかチェックしてもらってるだけで……完成したら絶対に読ませるから、今は読むな」
「うん、すごく楽しみにしてるよ」
読ませるつもりはあるが、想像すると恥ずかしくなる。
今のアリスペードの辺りならまだともかく、実際に最初の筆を運ばせたのはガレムでの出来事だった。まだまだ修正を加える必要があるにしろ、刺客として行動していたシャルスを世間から誤解させたくない、と考えていると、どうしても彼について贔屓した記述になってしまっていた。
顛末が既に周知されているからこそ、この小説が、これからヴィクシア王の即位を目指すシャルスの障害にはなりたくなかった。むしろ、シャルスの新しい人生の後押しができていれば、と願う。
「面白かったら、将来ボクの王権で宣伝するよ」
「宣伝は嬉しいけど、職権濫用すんな」
「ベストセラーが楽しみだね! 授賞式のスーツはボクに選ばせてよ」
「親子揃っておんなじプレッシャーかけないで!? スーツは頼む!」
アリエスに『シャルスさんはこの冒険のヒロインですね!』と笑顔で言われたときには、自身を主人公として、露骨な恋物語ではないもののアリエスをヒロインとして執筆していたカナタはたじろいだが、どこがどうしてそうなるのかが分からないため、そのままになっている。いつもの言い間違えかと思ったが、そうでもないらしい。
更には、思い出させたのかアリエスには泣かれてしまったが、シャルスが読むときにも、泣かせてしまうのだろうか。アリエス同様に、今が幸せであるゆえの涙であってほしい。カナタ自身も目を腫らしながら書いたシャルスへの言葉たちで、シャルスを傷つけたくはない。出来れば心から、笑ってほしい。
「な、ここの単為生殖の記述だけ、ちょっと確認してくれるか?」
「いいよ。……ああ、そうかボクたちクローンとこの時点で絡めた話にするのか……あのとき、もしかして気づくんじゃないかってちょっと思ってた」
「自分から言い出したよな確か」
「うーん。生態にワクワクしてたのが大きいけれど、他にもクローンの自覚や疑惑がある人はいないかなって、探りを入れてた面もあったかもね」
男子だけで話していたとき、ザックの父親の仕事について興味津々にしていたのも、事情を知っていたからだろう。当時は、脳に関する話題は生物に関連していることに違和感もなく、賢すぎるふたりの話題の横でルカと七並べをしだしたが。
「ボクひとりだったけれどね」
何気ない声音で、深い意味はない。それでもカナタは、シャルスがあの旅の中ずっとひとりきりを感じていたことに、改めて胸が揺さぶられる。物心ついたときから既に、未来も帰る場所も見ていなかった頃のシャルス。あんなに楽しそうに過ごしていたシャルスの裏側の心が、はかりきれない重さに思えた。今は?
右の肩を回して、シャルスの肩に触れる。垂れ下がる袖の中に腕はないが、その仕草だけでシャルスは眉をひそめて微笑んだ。
「他の誰も、ボクみたいに洗脳されてなくて良かったって話だよ」
「絶対、幸せにしてやるからな」
今までの分をひっくり返すほど、幸せな人生を当然にしてやりたい。
「……うん。楽しみにしてる」
肩に頭をもたれさせてくると、腕が今もそこにあるが如く逞しい心が湧く。見えない右腕だけで、右肩を抱きしめてやる。口にもしないただのイメージだが、それが伝わっているのではないかと思うくらい、シャルスは頬を蕩けさせた。
「すっげー楽しみにしてろ」
「ははっキャバッ、アイ・イエー」
これ以上なんて分からないと以前シャルスに言われたが、今日は胸の上で素直に笑っている。
具体的な計画や指針は殆どないが、幸せにしてやりたいし助けてやりたい。変な笑い声でも楽しそうならそれがいい。
執筆する左手をしばし止めて、柔らかそうな金髪や整った鼻梁をぼんやり眺めていると、運転手が申し訳なさそうに声をかけてきた。
渋滞で寮への到着が二十三時を確実に過ぎる、と。
現在時刻は二十二時四十六分。窓の外を見ると、確かに車の重力光が左右上下と眩く、光が浮かんでいる。なんでも、この先にあるイベント会場の途中でフクロウの群れが逃げ出したらしく、空中の車両通行域に制限がかかったそうだ。
「門限過ぎちまうのは参ったな……」
寮生長のザックには普段より遅くなることを伝えているにしろ、門は学校側の機械的なロックがかかる。数分の遅れであれば開けてもらうことも可能だが、あとで書類を提出しなければならなくなる。
「ボクとホテル、行く?」
胸に身を預けたままのシャルスが、首筋に吐息を吹きかけてきた。その至近距離の熱さに、一瞬どきりとする。一瞬、どころではない。早鐘が胸に響く。
「ひゃ、えあ? あ、あの、ホテルって」
「元々ボクはホテルに帰る予定だったんだけど、ボクがヴィクシアからの経由でも泊まってる……バイト先でもあるオーベルジュホテルが、学寮への道とは違う方面にあるんだ」
いつのまにか、シャルスはタブレットでどこかにメッセージを送っているようだった。そういえばホテル付きのレストランにお世話になっている、とも先週聞いた。
動揺をしてしまったが、変な意味は一切ない。あるわけがない。
シャルスは寮に登録はされているものの、ラクロワ家に泊まったり、ヴィクシアに行ったり、今言った通りホテルに滞在したりと転々としている。寮に来ても、自室ではなくカナタの部屋に泊まりに来る日があるほどだ。巣を探してるのかも、と自称していた。
「従業員価格で泊めてもらってるから、一晩限り、その一人部屋に二人入っても……あ、はは『恋人?』だってさ」
違いますよー、と平穏に喋りながら追記に返答をする。
「オーナーとカナタの話もしてるんだ。よく言われる冗句だよ」
そしてシャルスがホテル名を運転手に告げると、そっちの道への分岐に出られれば渋滞からも離れるらしい。
「シャルスもレストランで料理してるんだろ?」
「残念ながら、ウエイターの仕事」
それでも人気が出そうだ、と唸ってしまう。朝食にシャルスの料理、というわけにはいかないようだが、ロボットではなく人間が接客する時点で比較的高級な店であることも含めて、見る前から腹立つほどに似合うことが想像できる。
「船でもエプロン姿、似合ってたもんなあ」
「是非またお見せしたいな。作ってみたい料理もあるんだ」
そんな話をしながら、また執筆に戻る。右からたまに差し出されるストローをくわえつつ、キャンプでのシャルスの手料理を思い起こす。奇天烈なフルーツの丁寧な盛り合わせはもちろん、複眼の魚さえ美味しく作ってくれたし、綺麗な鳥の毛も一緒に毟った。やはりあの旅に、美味い食事は心身共に重要な存在だった。みんな一人残らず全員が必要だったが、生物の解体から調理までを熟せるシャルスが、仲間にいてくれて良かったとしみじみ思う。更にシャルスの描写が濃くなる気もしたが、いっそ思うままに書いてしまおう。
大事なオレの右腕のことだと、堂々としてやる。
車はそのうち動き出し、また光を暗闇の中に走らせる。途中、シャルスの感嘆に顔を上げると、フクロウらしき鳥が何匹か闇夜を駆けていた。
【♡拍手】
政府会議帰りのタクシー乗って寮に帰る途中、シャルスからホテルへ誘われる話
あとでパソコンつけたときhtmlに移動させますが、一旦ここに置いときます
左肩が痛過ぎて絵が描けないなら小説書けばいいじゃないしてた。まだ痛いので次どれ書くかな
今宵の巣に向かう
夜の空にたなびく、幾つもの眩い光の線。
彼らが乗っているタクシーも同様にその軌道を描いていた。政府会議の帰り、人員タクシーに運ばれてケアード寮へ向かう最中だった。
普段ならば会議の時間が欲しくとも、未成年者保護の観点から学生二人の帰りがここまで遅くなることはないのだが、帰りのタクシーの予約がうまく取れておらず、その空いた時間は小さな水族館を二人で巡るほどあったため、今はこんな時間だ。二十三時の門限までには間に合うだろうと紳士の運転手が教えてくれる。
「今日はアリスペードの辺りを書きてえな」
「さっきの水族館、本当に海を泳いだみたいだったね」
海洋生物に刺激された、となればテンション高く解説していたシャルスにとっても嬉しいことのようだ。カナタは鞄から取り出したタブレットを膝に乗せ、文書作成アプリを立ち上げる。ディスプレイには、二ヶ月前の冒険の記録と感情がカナタらしい言葉になっていた。自分たちの冒険譚を、左手が綴っていく。タイトルももう打診をくれた出版社に伝えてある。『アストラ号の冒険』の原稿だ。
しばし指先で小さな音を立てたり、悩んで空中をかき回していると、控えめながらも腹が鳴った。
「飲食してもいいですか?」
すぐさま運転手に尋ねたのはシャルスだ。水族館付近のレストランが混んでいて摂り損ねた夕飯は、買っておいたスティック状のパンで胃を慰める。魚のシルエット絵がプリントされたパン。
「はい、カナタ。あーん」
義手は未だ届いていないが、右に座るシャルスが普段どおりにその役目を熟してくれる。元々、気遣いと優雅さのある彼の仕草は、初めの頃は妙に落ち着かなく気恥ずかしかったが、今では学食でも平気で行うほどにカナタも、そして周囲もすっかり慣れてしまった。
右腕の代わりに、小包装を剥いてパンを口元に運んでくる。なにも言わずとも、口内のベストタイミングでパウチドリンクのストローが差し出される。
「うまいなこのパン。魚肉ソーセージ入り?」
アリエスにされる方が、彼女自身のペースで食わせすぎてくるのを含めても心躍るのだが、丁度良く食べやすい案配を見計らってくれる安心感があるのはシャルスだった。まるで、右腕で飲食できているかのような気配り。安心して執筆できる。シャルスに視線を送ると、彼もちゃんとパンを食べているようだ。こちらに気づいて、夜の光の中、華やかな笑みを溢れさせる。パンを頬張っているのに、いや、そうして蘊蓄もせず黙っているからこその妙な気品だ。
イケメンだと常々感じていたにしろ、表紙と巻頭グラビアを務めたファッション誌が、普段の倍の売れ行きになったらしいだけはある。クローンである以上、顔を褒められても複雑なだけかもしれないが、帰還してから美男子に磨きがかかった気がする。造形だけではないその部分は、シャルス自身のものだろう。
雑誌よりもずっと無邪気に間近で微笑んでいる。この暗がりでも間違いなく、その明るい碧の瞳にカナタを映している。不思議な優越感をくすぐる瞳。
「なあに?」
低く甘く、穏やかに囁いてきた。
「いや、なんでもねえけど」
うっかり見つめすぎたようだ。視線をディスプレイに戻した。会議のあとに疲れていると、ついその綺麗な碧色を眺めてしまう。アリエスの左目と同じく、命に満ちた優しい色だ。水族館の海よりも、綺麗だ。
「今日もおつかれさま」
「シャルスもな、おつかれ」
殆ど疲れた様子を見せてくれないシャルスだが、カナタの言葉に嬉しそうに目を細める。
「小説、ボクも早く読みたいな。アリエスには読んでもらってるんだろ?」
「それは記憶能力で間違ってないかチェックしてもらってるだけで……完成したら絶対に読ませるから、今は読むな」
「うん、すごく楽しみにしてるよ」
読ませるつもりはあるが、想像すると恥ずかしくなる。
今のアリスペードの辺りならまだともかく、実際に最初の筆を運ばせたのはガレムでの出来事だった。まだまだ修正を加える必要があるにしろ、刺客として行動していたシャルスを世間から誤解させたくない、と考えていると、どうしても彼について贔屓した記述になってしまっていた。
顛末が既に周知されているからこそ、この小説が、これからヴィクシア王の即位を目指すシャルスの障害にはなりたくなかった。むしろ、シャルスの新しい人生の後押しができていれば、と願う。
「面白かったら、将来ボクの王権で宣伝するよ」
「宣伝は嬉しいけど、職権濫用すんな」
「ベストセラーが楽しみだね! 授賞式のスーツはボクに選ばせてよ」
「親子揃っておんなじプレッシャーかけないで!? スーツは頼む!」
アリエスに『シャルスさんはこの冒険のヒロインですね!』と笑顔で言われたときには、自身を主人公として、露骨な恋物語ではないもののアリエスをヒロインとして執筆していたカナタはたじろいだが、どこがどうしてそうなるのかが分からないため、そのままになっている。いつもの言い間違えかと思ったが、そうでもないらしい。
更には、思い出させたのかアリエスには泣かれてしまったが、シャルスが読むときにも、泣かせてしまうのだろうか。アリエス同様に、今が幸せであるゆえの涙であってほしい。カナタ自身も目を腫らしながら書いたシャルスへの言葉たちで、シャルスを傷つけたくはない。出来れば心から、笑ってほしい。
「な、ここの単為生殖の記述だけ、ちょっと確認してくれるか?」
「いいよ。……ああ、そうかボクたちクローンとこの時点で絡めた話にするのか……あのとき、もしかして気づくんじゃないかってちょっと思ってた」
「自分から言い出したよな確か」
「うーん。生態にワクワクしてたのが大きいけれど、他にもクローンの自覚や疑惑がある人はいないかなって、探りを入れてた面もあったかもね」
男子だけで話していたとき、ザックの父親の仕事について興味津々にしていたのも、事情を知っていたからだろう。当時は、脳に関する話題は生物に関連していることに違和感もなく、賢すぎるふたりの話題の横でルカと七並べをしだしたが。
「ボクひとりだったけれどね」
何気ない声音で、深い意味はない。それでもカナタは、シャルスがあの旅の中ずっとひとりきりを感じていたことに、改めて胸が揺さぶられる。物心ついたときから既に、未来も帰る場所も見ていなかった頃のシャルス。あんなに楽しそうに過ごしていたシャルスの裏側の心が、はかりきれない重さに思えた。今は?
右の肩を回して、シャルスの肩に触れる。垂れ下がる袖の中に腕はないが、その仕草だけでシャルスは眉をひそめて微笑んだ。
「他の誰も、ボクみたいに洗脳されてなくて良かったって話だよ」
「絶対、幸せにしてやるからな」
今までの分をひっくり返すほど、幸せな人生を当然にしてやりたい。
「……うん。楽しみにしてる」
肩に頭をもたれさせてくると、腕が今もそこにあるが如く逞しい心が湧く。見えない右腕だけで、右肩を抱きしめてやる。口にもしないただのイメージだが、それが伝わっているのではないかと思うくらい、シャルスは頬を蕩けさせた。
「すっげー楽しみにしてろ」
「ははっキャバッ、アイ・イエー」
これ以上なんて分からないと以前シャルスに言われたが、今日は胸の上で素直に笑っている。
具体的な計画や指針は殆どないが、幸せにしてやりたいし助けてやりたい。変な笑い声でも楽しそうならそれがいい。
執筆する左手をしばし止めて、柔らかそうな金髪や整った鼻梁をぼんやり眺めていると、運転手が申し訳なさそうに声をかけてきた。
渋滞で寮への到着が二十三時を確実に過ぎる、と。
現在時刻は二十二時四十六分。窓の外を見ると、確かに車の重力光が左右上下と眩く、光が浮かんでいる。なんでも、この先にあるイベント会場の途中でフクロウの群れが逃げ出したらしく、空中の車両通行域に制限がかかったそうだ。
「門限過ぎちまうのは参ったな……」
寮生長のザックには普段より遅くなることを伝えているにしろ、門は学校側の機械的なロックがかかる。数分の遅れであれば開けてもらうことも可能だが、あとで書類を提出しなければならなくなる。
「ボクとホテル、行く?」
胸に身を預けたままのシャルスが、首筋に吐息を吹きかけてきた。その至近距離の熱さに、一瞬どきりとする。一瞬、どころではない。早鐘が胸に響く。
「ひゃ、えあ? あ、あの、ホテルって」
「元々ボクはホテルに帰る予定だったんだけど、ボクがヴィクシアからの経由でも泊まってる……バイト先でもあるオーベルジュホテルが、学寮への道とは違う方面にあるんだ」
いつのまにか、シャルスはタブレットでどこかにメッセージを送っているようだった。そういえばホテル付きのレストランにお世話になっている、とも先週聞いた。
動揺をしてしまったが、変な意味は一切ない。あるわけがない。
シャルスは寮に登録はされているものの、ラクロワ家に泊まったり、ヴィクシアに行ったり、今言った通りホテルに滞在したりと転々としている。寮に来ても、自室ではなくカナタの部屋に泊まりに来る日があるほどだ。巣を探してるのかも、と自称していた。
「従業員価格で泊めてもらってるから、一晩限り、その一人部屋に二人入っても……あ、はは『恋人?』だってさ」
違いますよー、と平穏に喋りながら追記に返答をする。
「オーナーとカナタの話もしてるんだ。よく言われる冗句だよ」
そしてシャルスがホテル名を運転手に告げると、そっちの道への分岐に出られれば渋滞からも離れるらしい。
「シャルスもレストランで料理してるんだろ?」
「残念ながら、ウエイターの仕事」
それでも人気が出そうだ、と唸ってしまう。朝食にシャルスの料理、というわけにはいかないようだが、ロボットではなく人間が接客する時点で比較的高級な店であることも含めて、見る前から腹立つほどに似合うことが想像できる。
「船でもエプロン姿、似合ってたもんなあ」
「是非またお見せしたいな。作ってみたい料理もあるんだ」
そんな話をしながら、また執筆に戻る。右からたまに差し出されるストローをくわえつつ、キャンプでのシャルスの手料理を思い起こす。奇天烈なフルーツの丁寧な盛り合わせはもちろん、複眼の魚さえ美味しく作ってくれたし、綺麗な鳥の毛も一緒に毟った。やはりあの旅に、美味い食事は心身共に重要な存在だった。みんな一人残らず全員が必要だったが、生物の解体から調理までを熟せるシャルスが、仲間にいてくれて良かったとしみじみ思う。更にシャルスの描写が濃くなる気もしたが、いっそ思うままに書いてしまおう。
大事なオレの右腕のことだと、堂々としてやる。
車はそのうち動き出し、また光を暗闇の中に走らせる。途中、シャルスの感嘆に顔を上げると、フクロウらしき鳥が何匹か闇夜を駆けていた。
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