カナシャル小説7本目
2020/08/21(Fri)
健全カナシャル小説(6300字)
シャルスが恋人作ろうかなと言い出したりするからカナタがNTR地雷ムーヴする話
(実際には恋人作らないしモブも写真くらいしか出ません、二人会話だけ)
(モブの仮名として、ヴィラヴァースで出たあの名前を使っています)
これも前記事同様、一旦置きです。もう一本どうしようかな書くかな
恋心もなく愛をする
美味い春巻きだった。
あまりにも大量に包むから、二人では到底食べきれないかと思いきや、中身の肉や春雨はもちろん、チーズや紫蘇や枝豆、海老やポテトサラダとさまざまな具材に、特製のタレやソースをつけたらどんどん口の中に滑り込んでいき、舌と胃を気持ちよく満たした頃には、皿は綺麗になっていた。
鉄板に敷いていた油まみれのシートをゴミ箱に捨てているうちに、シャルスは小皿を手際良く洗っている。
「間が空いてからまた作ってくれよ、今度は他の奴らも一緒に春巻きパーティしてえなあ」
「そうだね! 杏仁豆腐も作ってきたよ、まだお腹は入りそう?」
冷蔵庫に視線を送る。カナタの部屋のはずが、シャルスにもすっかり馴染まれていた。開くと、心ときめかす白いカップがふたつ並んでいる。杏仁豆腐は別腹だ。
「もちろんだぜ」
未知の宙域で遭難しつつもなんとかアストラに帰還し、スプリング家のふたりとの新居も決まり、結婚や式はまだだが今月末には引っ越しをする予定の頃。残り少ない一人暮らしの中、先日までの男三人冒険記を書きつつのんびりしていたカナタのアパートに、シャルスが鉄板持参で訪ねてきた。
相談がある、と言いながらもふたりで春巻きの皮を包んで焼いて食べている間には、全く切り出すこともなく、他愛もないやりとりでにこにこと楽しそうな笑顔のままだった。
「アリエスはたくさん食べるから、今日の何倍くらいいるかな」
「最近よくわかんねえけど、ダイエットしだしたぜ。別にいいのにな」
それでも自分と同量の一人前はきっちり食べるが、食べる姿が可愛いのに、とカナタが首を傾げると、シャルスは肩を竦めた。
「ボクもそう思うけれど、花嫁衣装の選択肢が増えるんじゃないかな。カナタの隣に立つなら、誰だってスタイルは磨きたくなるよ。恋心なら、さらに気になるものさ」
スタイル云々をおまえの顔で言うか。と内心カナタは口先を軽く尖らせる。
「……、ボクもね、実は、……気になる、というか候補に迷ってる人がいるんだ」
「えっ」
躊躇いながらシャルスが口にした言葉は、青天の霹靂に似ていた。
テーブルに置こうとした杏仁豆腐を溢しそうだったが、なんとか置き直す。
「お……お前、ついに? も、もー! いいじゃねーか、なんだよ、どんな人? いつの間に?」
帰還後のシャルスは、ヴィクシアにいることが多かった。こちらも新生活の準備で連絡を取る回数も減っていたため、気づきようがない。
はしゃぎそうになるカナタの前の席に、シャルスは特に顔を赤らめることもなく腰掛ける。
「カナタたちが婚約したからって、お見合いの紹介が激増してね」
「なんでオレの婚約が関係あるんだ?」
スプーンを取り、杏仁豆腐をすくう。プルプルのつやつやだ。美味い。いつもながら、さっぱりとしつつ濃厚な口どけ、高級な店で出せるほど心地よい代物だ。
「さあ。とにかく、シャルス王の在位に関して、大まかに賛成派と反対派がひっそりと対立してるって話は以前したよね」
「ああ」
賛成派は、大半がシャルスを観光地のアイドルとして見ているが、元貴族の有力者たちの中には、シャルスが賢王ノアのクローンであるなら、王の遺伝子が代々の王位を継ぐべきだ、という理由で賛成をする保守的な派閥。
対して反対派は、外の世界を騒がす罪を犯したノア王ならばそのクローンも信用できないという名目で、元貴族にとって都合の良い人材で王位を奪取し、ヴィクシアに再び身分制度を取り戻そうとする保守的な派閥だ。意外と元庶民でも旧体制を望む人もいる。
どちらにしても、シャルスの良き味方とは言い難い。
「その、反対派が紹介してくれた相手なんだけど……」
「もしかして、すごく好みだったとか?」
シャルスの好みの女性、となるとどんな女性だろうか。話に聞く、セイラ姫に似ているのだろうか。写真は見せてもらったことがあり、アリエスに確かに瓜二つだったが、フィルムを通しても伝わる上品な雰囲気はさすがの王族育ちで、まったく違う印象の女性だった。
「ううん、まだ直接会ったことはなくて、ビデオコールを数回しただけ。二つ年上の人だよ」
セイラ姫と同じく年上か、と納得する。淡々とした面持ちのまま、シャルスは説明を続けた。
「生物学の話をしてても楽しいし、外見も……嫌いじゃないかな。たぶん、かなり良いんだと思う。ボクのことも、気に入ってくれてると思う」
「へえええ。な、だったらシャルスの手料理振る舞ったらいいんじゃねえか? オレだってうっかりオチそうだもん」
杏仁豆腐の柔らかな甘みを舌で堪能しつつ、趣味が合うのはいいな、とシャルスの本格的な話になかなかついていけない身であるカナタは思う。聞いているだけでも満足そうだが、あの変態的知識と興奮に寄り添える年頃の女性が存在するのなら、朗報だ。一朝一夕の知識でシャルスと会話が成立するとも思えないから、元々知識と許容のある才女なのだろう。
「カナタの胃を掴めてるなら、嬉しいな」
「あ。そうか、反対派の紹介だから裏が気になるのか」
「反対派だからこそ、あの人……ああ、面倒だな、仮名として、彼のことはジュリアーノって呼ぶね」
彼。ジュリアーノ。
「ジュリアーノは元貴族出身だけど、外で暮らす人でね。反対派がボクにはいっそ子孫を作らせないでおいて、派閥の人間が次の王になるための恋人候補だと理解しているんだ。だから、公では愛人として振る舞い、実質はなにもないままボクが堂々と独身でいられるビジネスライクな関係を提案してきた」
「は? あの、待っ、あれ?」
「うん、何か分からないところがあったかい?」
美味しいはずの杏仁豆腐の味も分からない。
「おとこ?」
「そこから? 写真見る?」
答える前にタブレットが出てきて、男性の姿が映し出された。黒髪短髪のスポーツマン。陸上というより球技の筋肉のつき方だろうか、背丈も肩幅も広く、褐色の肌に、爽やかで賢そうなややツリ目の顔立ち。
「カナタのことも有望な選手として、前々から知ってたんだってさ。小一時間カナタの話をしても楽しそうに相槌してくれるところも、いいなと思ってて」
「…………お前が好きそう」
「そうかなあ? いい筋肉してるとは思うよ」
自分に似ている、と思ったのは自惚れだろうか、とカナタは内心で戸惑う。ここまで顔の彫りは深くないが、雰囲気が似ていると見た瞬間に感じてしまった。ズカズカと指摘してくれるルカかキトリーがいたら分かるのに、と首に詰まったものを掻き毟りたくなる。
「どうしたの、カナタ」
「いや、うん、え? こいつを好きなの?」
「恋愛感情は一切ないよ。あくまで、ビジネスとしてお給金を払って、ジュリアーノと一途な交際していると周囲に誤解してもらうんだ。賛成派はいい顔をしないだろうけれど、反対派は油断してくれる」
一途な交際。裏事情を聞かされていなければ動揺しそうな光景だが、今まさに事情を聞かされているのに、心拍数がまるで一走りしてきた後だ。
「そうすれば、大量のお見合いを断る負担もなくなって、妻や子を作らない理由にもなる。男が趣味なら身に覚えのない隠し子のゲノムを証明し直す手間もなくなるし、ボクも自分の時間が取れて、もっとカナタたちと一緒にすごせそうだろ」
嬉々として説明してくれる。クローンでも、王妃一筋の前王とは違う人間だということを証明もできる、と付け加えた。
「そんな手段、シャルスが発想したのか?」
「きっかけはジュリアーノの提案だけど……独身でいる方法は以前から探してたかな。ジュリアーノが言う『自分の容姿なら王が恋に落ちる説得力を持って世間に示せる』って自負するところは疑ってるけれどね」
不本意ながら、カナタも納得しそうな容姿だ。
「そういう……嘘のお付き合いとか、オレはよくねえと思う」
これは本心だ。きっと正論だろう、とも感じるが、自身に妙な刺を感じていた。
「恋愛すりゃ幸せだとか言うつもりはねえけど、恋人って、もっと、ほら。お互いが大事で相手を幸せにしたいって思い合ったりとか、いるだけで胸があたたかくなって、笑顔をそばで見ていたいとか……」
自分でも想像以上に低い声が出ていた。慌てて空回るならともかく、ドスをきかせたような声音になっており、はっとしてシャルスを見るが、困ったような顔で笑っている。
「カナタはそう言うと思ってた」
穏やかに、宥めるように呟く。
「そうだね……今は全くだけれど、もしかして恋のふりをしていたら、本当にジュリアーノに恋ができるかもしれない、なんて期待も少しあるんだ。紹介された何十人ものメッセージや写真を見て、彼の提案には唯一断れずにいるから」
カナタ自身も理解してはいる。シャルスのように政略が関わる恋愛ももちろん稀有だが、高校生活で出会って、そのまま結婚に向かう自分たちも稀有であることくらい。幼馴染みで結婚したザックとキトリーでさえ、紆余曲折があった。ルカも以前言っていた、交際をしてから恋が芽生えることもあると。
別に、シャルスはハーレムを作るだとかいろんな人間に手を出すわけではない、むしろその逆で、初めての恋愛体験に踏み出そうとしている。
「もしも……そいつじゃなくて、本当に恋をしたい相手が別に現れたら?」
「ああ、別れてくれるんだってさ。失敗くらい派閥も許すさ。王族として慰謝料は支払うことになるけれど、退職金みたいなものだよね」
しかし、言葉が紡げない。応援ができない。なんとかしてやめさせたくて、たまらなくなる。最初はシャルスにも恋の相手が出来ると聞いて嬉しかったはずなのに突然、胸に煙たい焦燥を感じていた。
恋の相手でもないから、駄目だと言えないまま強がっている。シャルスに恋人ができたと報告されたら祝ってやる予定だったのに、思っていた姿と違いすぎる。
「シャルスは……子ども作らねえって言ってたが、いいのか?」
アリエスが無邪気に女の子が欲しいと語るのと似た明るさで、シャルスも生命の繁殖を尊んでいたはずだ。
「少なくとも、権力争いがある現状で産まれても、暗殺に怯えることになるんだ。歴代の秘密も公表された今はいっそ、ボクが最後の王になるのもいいよね」
「王としてじゃなくて、シャルスにとってだ」
「遺伝子を自分と掛け合わせたいと感じる女性に会ったこともないよ」
妊娠はしてみたいけどね、と再び生物学的好奇心だけ覗かせる。
「男性の遺伝子なら、あるのかよ」
「それは、……キミが聞くのかい?」
はにかむように、しらばっくれるようにカナタを見つめて笑う。
自分だ、と確信できる。恋の相手ではないが、それとは別の領域で、求められていることくらい分かった。嫌悪も狼狽もなく、繁殖の本能としてはズレたその感覚を理解はできずとも、すんなりと受け入れられる。あくまで、シャルスがカナタという雄に惚れ込んでいる表現の一種だ。
だが、それが、他の雄にも向けられるかもしれない想像は、耐え難いものがあった。
「もしも、……」
カナタにこうして手料理を振る舞う愛情も、恍惚と筋肉を撫でる手つきも、女性相手ならともかく他の雄に対しても同様に、あるいはそれ以上の陶酔を持って接するとしたら。カナタを船長として傍にいるのは今後も続くだろうが、何一つ気後れのない相手と過ごす方が楽ではないか。カナタの隻腕を見て曇ることもなく、真っ直ぐに愛し合える相手がいれば、それがきっとシャルスの晴れの日となる。
いずれビジネスではなくなり、彼の遺伝子が欲しい、ともしも相談されるときがくれば、既に合意の行為を重ねた後になるだろう。他の男を自分よりも優先するシャルス? 愛おしそうな顔を向けて、この男に繰り返し抱かれるシャルス?
「ヤダ」
「……カナタ?」
「オレはヤダ。相談してくれたのは嬉しいぜ、けど、すまん。オレは……感情ばっかで、なんか、まともに考えてやれねえ……」
言っても仕方がない。シャルスはきっと、相談で後押しが欲しかったはずだ。信頼できるキャプテンからの、やってみろ、という祝福を求めていたかもしれない。自分自身が、アリエスとの交際と婚約を祝福されたときのように、前向きな励ましや守護を求めていたかもしれない。
口にできるのはケチをつける反対ばかりで、理由も渦巻くものが全く纏まらない。肌色の想像が酷く黒ずんだ感情だとわかっている。だめだと言える権利がカナタにはない。
「わかった。やめる」
「え」
あっさりとした声だった。
カナタを慮るわけでもなく、反省をするでもなく、ただ純朴にそう告げた。祝福されない計画だからとか、そんな悔しさも甘えも見えない。強がりのかけらもなく、柳のように風に漂う。
「宇宙一愛してるカナタより愛せると思えないのに、カナタを困らせちゃったね」
「お、おい。いや、他に」
愛せる人も見つかるだろ、と告げるには喉が渇いていた。
「こうなると、またボクはお見合いで予定が埋まるんだけど……それも王様の務めかな」
肩を竦めながら、シャルスは杏仁豆腐の最後の一口を放り込む。うん、と舌で蕩けさせてから、また口を開いた。
「ボクはともかく、ジュリアーノにも悪いと思ってたんだ。偽装は他人の人生も巻き込むからなあ。就職が反故になったのは可哀想だけど、いい友人でいてもらおう」
うん、と素っ気なく決める。心底、ビジネス以上のものはない。自分の人間関係に対して、あまりにも冷淡すぎるが、そうしざるをえない環境だとも思える。
「シャルスが大変で、お前なりに考えたことなのは、オレだって分かるんだ」
「カナタが感じた一言には勝てないよ。それにね」
スプーンをグラスの中に置き、静かにまぶたを伏せる。
「……最初に、喜んでくれたときの方が傷ついたから、ヤダって言われた今は嬉しいんだ」
瞳を見せ、輝く笑顔がふわりと部屋を明るくした。なんだよそれ、と試されたような気になるが、家族であって恋人でもないのに、勝手にヤキモキしたのはカナタの方だ。
嫉妬させるつもりなんかシャルスにはない、と思ったところで、ようやく気づいた。妬いていた。そして今、最低なことに胸が軽い。
誤魔化すように、杏仁豆腐を大きくすくって口に入れると、アプリコットの味が爽やかに舌を蕩けさせた。美味い。
「何言ってんだよ。ヤダとは言ったが……オレの、ワガママに左右されることねえんだぜ」
「駄目だ許さない、って素直に怒ってくれてもいいんだよ。キャプテンに従うよ」
そんなことを言ったら、やきもちやきの男のようだ。もう一口食べる。やっぱり美味い。
プライベートまで束縛する気はない。右腕をやめるわけでもない。もちろん、やめると言われても右腕の義手を言い出せばただの脅迫だ、契約も手立てもない。ザックはともかく、シャルスとは雇用契約さえないのだから。
互いの情……友愛だけの仲だ。その事実は、誇らしくもある。
「命令なんか、船を降りてるときまで振りかざせるかよ」
「そうなの? つまらないな」
「つまんなくねえの」
シャルスは立ち上がり、テーブル越しに顔を寄せてきた。
頬が触れそうな肌の熱をほのかに感じる距離。チューリップの香水と髪がくすぐり、耳元で唇の弾ける音が響く。耳孔から脳に真っ直ぐ侵食してくる音。
「忠誠のキスはまた乗船したときにね」
「お、おまえなあ! オレは婿入り前なんだぞ!」
甘い声のせいで、一気に紅潮しだした己の顔の熱が気恥ずかしい。更に口へと運ぶ杏仁豆腐。今日はアルコール入りだったのかと思うほど、火照ってくる。
しかし、シャルスはきょとんと普段通りに綻ぶだけだ。
「ただの挨拶じゃないか?」
その通りだ、ヴィクシアの親しい間柄での挨拶だ。今はまったく挨拶のタイミングではないが。
「シャルスは誰にでもしてることかもしんねえけど!」
「いいや、もう男相手はカナタにだけさ」
もう一口食べたかった美味しい杏仁豆腐は、底をついていた。
【♡拍手】
シャルスが恋人作ろうかなと言い出したりするからカナタがNTR地雷ムーヴする話
(実際には恋人作らないしモブも写真くらいしか出ません、二人会話だけ)
(モブの仮名として、ヴィラヴァースで出たあの名前を使っています)
これも前記事同様、一旦置きです。もう一本どうしようかな書くかな
恋心もなく愛をする
美味い春巻きだった。
あまりにも大量に包むから、二人では到底食べきれないかと思いきや、中身の肉や春雨はもちろん、チーズや紫蘇や枝豆、海老やポテトサラダとさまざまな具材に、特製のタレやソースをつけたらどんどん口の中に滑り込んでいき、舌と胃を気持ちよく満たした頃には、皿は綺麗になっていた。
鉄板に敷いていた油まみれのシートをゴミ箱に捨てているうちに、シャルスは小皿を手際良く洗っている。
「間が空いてからまた作ってくれよ、今度は他の奴らも一緒に春巻きパーティしてえなあ」
「そうだね! 杏仁豆腐も作ってきたよ、まだお腹は入りそう?」
冷蔵庫に視線を送る。カナタの部屋のはずが、シャルスにもすっかり馴染まれていた。開くと、心ときめかす白いカップがふたつ並んでいる。杏仁豆腐は別腹だ。
「もちろんだぜ」
未知の宙域で遭難しつつもなんとかアストラに帰還し、スプリング家のふたりとの新居も決まり、結婚や式はまだだが今月末には引っ越しをする予定の頃。残り少ない一人暮らしの中、先日までの男三人冒険記を書きつつのんびりしていたカナタのアパートに、シャルスが鉄板持参で訪ねてきた。
相談がある、と言いながらもふたりで春巻きの皮を包んで焼いて食べている間には、全く切り出すこともなく、他愛もないやりとりでにこにこと楽しそうな笑顔のままだった。
「アリエスはたくさん食べるから、今日の何倍くらいいるかな」
「最近よくわかんねえけど、ダイエットしだしたぜ。別にいいのにな」
それでも自分と同量の一人前はきっちり食べるが、食べる姿が可愛いのに、とカナタが首を傾げると、シャルスは肩を竦めた。
「ボクもそう思うけれど、花嫁衣装の選択肢が増えるんじゃないかな。カナタの隣に立つなら、誰だってスタイルは磨きたくなるよ。恋心なら、さらに気になるものさ」
スタイル云々をおまえの顔で言うか。と内心カナタは口先を軽く尖らせる。
「……、ボクもね、実は、……気になる、というか候補に迷ってる人がいるんだ」
「えっ」
躊躇いながらシャルスが口にした言葉は、青天の霹靂に似ていた。
テーブルに置こうとした杏仁豆腐を溢しそうだったが、なんとか置き直す。
「お……お前、ついに? も、もー! いいじゃねーか、なんだよ、どんな人? いつの間に?」
帰還後のシャルスは、ヴィクシアにいることが多かった。こちらも新生活の準備で連絡を取る回数も減っていたため、気づきようがない。
はしゃぎそうになるカナタの前の席に、シャルスは特に顔を赤らめることもなく腰掛ける。
「カナタたちが婚約したからって、お見合いの紹介が激増してね」
「なんでオレの婚約が関係あるんだ?」
スプーンを取り、杏仁豆腐をすくう。プルプルのつやつやだ。美味い。いつもながら、さっぱりとしつつ濃厚な口どけ、高級な店で出せるほど心地よい代物だ。
「さあ。とにかく、シャルス王の在位に関して、大まかに賛成派と反対派がひっそりと対立してるって話は以前したよね」
「ああ」
賛成派は、大半がシャルスを観光地のアイドルとして見ているが、元貴族の有力者たちの中には、シャルスが賢王ノアのクローンであるなら、王の遺伝子が代々の王位を継ぐべきだ、という理由で賛成をする保守的な派閥。
対して反対派は、外の世界を騒がす罪を犯したノア王ならばそのクローンも信用できないという名目で、元貴族にとって都合の良い人材で王位を奪取し、ヴィクシアに再び身分制度を取り戻そうとする保守的な派閥だ。意外と元庶民でも旧体制を望む人もいる。
どちらにしても、シャルスの良き味方とは言い難い。
「その、反対派が紹介してくれた相手なんだけど……」
「もしかして、すごく好みだったとか?」
シャルスの好みの女性、となるとどんな女性だろうか。話に聞く、セイラ姫に似ているのだろうか。写真は見せてもらったことがあり、アリエスに確かに瓜二つだったが、フィルムを通しても伝わる上品な雰囲気はさすがの王族育ちで、まったく違う印象の女性だった。
「ううん、まだ直接会ったことはなくて、ビデオコールを数回しただけ。二つ年上の人だよ」
セイラ姫と同じく年上か、と納得する。淡々とした面持ちのまま、シャルスは説明を続けた。
「生物学の話をしてても楽しいし、外見も……嫌いじゃないかな。たぶん、かなり良いんだと思う。ボクのことも、気に入ってくれてると思う」
「へえええ。な、だったらシャルスの手料理振る舞ったらいいんじゃねえか? オレだってうっかりオチそうだもん」
杏仁豆腐の柔らかな甘みを舌で堪能しつつ、趣味が合うのはいいな、とシャルスの本格的な話になかなかついていけない身であるカナタは思う。聞いているだけでも満足そうだが、あの変態的知識と興奮に寄り添える年頃の女性が存在するのなら、朗報だ。一朝一夕の知識でシャルスと会話が成立するとも思えないから、元々知識と許容のある才女なのだろう。
「カナタの胃を掴めてるなら、嬉しいな」
「あ。そうか、反対派の紹介だから裏が気になるのか」
「反対派だからこそ、あの人……ああ、面倒だな、仮名として、彼のことはジュリアーノって呼ぶね」
彼。ジュリアーノ。
「ジュリアーノは元貴族出身だけど、外で暮らす人でね。反対派がボクにはいっそ子孫を作らせないでおいて、派閥の人間が次の王になるための恋人候補だと理解しているんだ。だから、公では愛人として振る舞い、実質はなにもないままボクが堂々と独身でいられるビジネスライクな関係を提案してきた」
「は? あの、待っ、あれ?」
「うん、何か分からないところがあったかい?」
美味しいはずの杏仁豆腐の味も分からない。
「おとこ?」
「そこから? 写真見る?」
答える前にタブレットが出てきて、男性の姿が映し出された。黒髪短髪のスポーツマン。陸上というより球技の筋肉のつき方だろうか、背丈も肩幅も広く、褐色の肌に、爽やかで賢そうなややツリ目の顔立ち。
「カナタのことも有望な選手として、前々から知ってたんだってさ。小一時間カナタの話をしても楽しそうに相槌してくれるところも、いいなと思ってて」
「…………お前が好きそう」
「そうかなあ? いい筋肉してるとは思うよ」
自分に似ている、と思ったのは自惚れだろうか、とカナタは内心で戸惑う。ここまで顔の彫りは深くないが、雰囲気が似ていると見た瞬間に感じてしまった。ズカズカと指摘してくれるルカかキトリーがいたら分かるのに、と首に詰まったものを掻き毟りたくなる。
「どうしたの、カナタ」
「いや、うん、え? こいつを好きなの?」
「恋愛感情は一切ないよ。あくまで、ビジネスとしてお給金を払って、ジュリアーノと一途な交際していると周囲に誤解してもらうんだ。賛成派はいい顔をしないだろうけれど、反対派は油断してくれる」
一途な交際。裏事情を聞かされていなければ動揺しそうな光景だが、今まさに事情を聞かされているのに、心拍数がまるで一走りしてきた後だ。
「そうすれば、大量のお見合いを断る負担もなくなって、妻や子を作らない理由にもなる。男が趣味なら身に覚えのない隠し子のゲノムを証明し直す手間もなくなるし、ボクも自分の時間が取れて、もっとカナタたちと一緒にすごせそうだろ」
嬉々として説明してくれる。クローンでも、王妃一筋の前王とは違う人間だということを証明もできる、と付け加えた。
「そんな手段、シャルスが発想したのか?」
「きっかけはジュリアーノの提案だけど……独身でいる方法は以前から探してたかな。ジュリアーノが言う『自分の容姿なら王が恋に落ちる説得力を持って世間に示せる』って自負するところは疑ってるけれどね」
不本意ながら、カナタも納得しそうな容姿だ。
「そういう……嘘のお付き合いとか、オレはよくねえと思う」
これは本心だ。きっと正論だろう、とも感じるが、自身に妙な刺を感じていた。
「恋愛すりゃ幸せだとか言うつもりはねえけど、恋人って、もっと、ほら。お互いが大事で相手を幸せにしたいって思い合ったりとか、いるだけで胸があたたかくなって、笑顔をそばで見ていたいとか……」
自分でも想像以上に低い声が出ていた。慌てて空回るならともかく、ドスをきかせたような声音になっており、はっとしてシャルスを見るが、困ったような顔で笑っている。
「カナタはそう言うと思ってた」
穏やかに、宥めるように呟く。
「そうだね……今は全くだけれど、もしかして恋のふりをしていたら、本当にジュリアーノに恋ができるかもしれない、なんて期待も少しあるんだ。紹介された何十人ものメッセージや写真を見て、彼の提案には唯一断れずにいるから」
カナタ自身も理解してはいる。シャルスのように政略が関わる恋愛ももちろん稀有だが、高校生活で出会って、そのまま結婚に向かう自分たちも稀有であることくらい。幼馴染みで結婚したザックとキトリーでさえ、紆余曲折があった。ルカも以前言っていた、交際をしてから恋が芽生えることもあると。
別に、シャルスはハーレムを作るだとかいろんな人間に手を出すわけではない、むしろその逆で、初めての恋愛体験に踏み出そうとしている。
「もしも……そいつじゃなくて、本当に恋をしたい相手が別に現れたら?」
「ああ、別れてくれるんだってさ。失敗くらい派閥も許すさ。王族として慰謝料は支払うことになるけれど、退職金みたいなものだよね」
しかし、言葉が紡げない。応援ができない。なんとかしてやめさせたくて、たまらなくなる。最初はシャルスにも恋の相手が出来ると聞いて嬉しかったはずなのに突然、胸に煙たい焦燥を感じていた。
恋の相手でもないから、駄目だと言えないまま強がっている。シャルスに恋人ができたと報告されたら祝ってやる予定だったのに、思っていた姿と違いすぎる。
「シャルスは……子ども作らねえって言ってたが、いいのか?」
アリエスが無邪気に女の子が欲しいと語るのと似た明るさで、シャルスも生命の繁殖を尊んでいたはずだ。
「少なくとも、権力争いがある現状で産まれても、暗殺に怯えることになるんだ。歴代の秘密も公表された今はいっそ、ボクが最後の王になるのもいいよね」
「王としてじゃなくて、シャルスにとってだ」
「遺伝子を自分と掛け合わせたいと感じる女性に会ったこともないよ」
妊娠はしてみたいけどね、と再び生物学的好奇心だけ覗かせる。
「男性の遺伝子なら、あるのかよ」
「それは、……キミが聞くのかい?」
はにかむように、しらばっくれるようにカナタを見つめて笑う。
自分だ、と確信できる。恋の相手ではないが、それとは別の領域で、求められていることくらい分かった。嫌悪も狼狽もなく、繁殖の本能としてはズレたその感覚を理解はできずとも、すんなりと受け入れられる。あくまで、シャルスがカナタという雄に惚れ込んでいる表現の一種だ。
だが、それが、他の雄にも向けられるかもしれない想像は、耐え難いものがあった。
「もしも、……」
カナタにこうして手料理を振る舞う愛情も、恍惚と筋肉を撫でる手つきも、女性相手ならともかく他の雄に対しても同様に、あるいはそれ以上の陶酔を持って接するとしたら。カナタを船長として傍にいるのは今後も続くだろうが、何一つ気後れのない相手と過ごす方が楽ではないか。カナタの隻腕を見て曇ることもなく、真っ直ぐに愛し合える相手がいれば、それがきっとシャルスの晴れの日となる。
いずれビジネスではなくなり、彼の遺伝子が欲しい、ともしも相談されるときがくれば、既に合意の行為を重ねた後になるだろう。他の男を自分よりも優先するシャルス? 愛おしそうな顔を向けて、この男に繰り返し抱かれるシャルス?
「ヤダ」
「……カナタ?」
「オレはヤダ。相談してくれたのは嬉しいぜ、けど、すまん。オレは……感情ばっかで、なんか、まともに考えてやれねえ……」
言っても仕方がない。シャルスはきっと、相談で後押しが欲しかったはずだ。信頼できるキャプテンからの、やってみろ、という祝福を求めていたかもしれない。自分自身が、アリエスとの交際と婚約を祝福されたときのように、前向きな励ましや守護を求めていたかもしれない。
口にできるのはケチをつける反対ばかりで、理由も渦巻くものが全く纏まらない。肌色の想像が酷く黒ずんだ感情だとわかっている。だめだと言える権利がカナタにはない。
「わかった。やめる」
「え」
あっさりとした声だった。
カナタを慮るわけでもなく、反省をするでもなく、ただ純朴にそう告げた。祝福されない計画だからとか、そんな悔しさも甘えも見えない。強がりのかけらもなく、柳のように風に漂う。
「宇宙一愛してるカナタより愛せると思えないのに、カナタを困らせちゃったね」
「お、おい。いや、他に」
愛せる人も見つかるだろ、と告げるには喉が渇いていた。
「こうなると、またボクはお見合いで予定が埋まるんだけど……それも王様の務めかな」
肩を竦めながら、シャルスは杏仁豆腐の最後の一口を放り込む。うん、と舌で蕩けさせてから、また口を開いた。
「ボクはともかく、ジュリアーノにも悪いと思ってたんだ。偽装は他人の人生も巻き込むからなあ。就職が反故になったのは可哀想だけど、いい友人でいてもらおう」
うん、と素っ気なく決める。心底、ビジネス以上のものはない。自分の人間関係に対して、あまりにも冷淡すぎるが、そうしざるをえない環境だとも思える。
「シャルスが大変で、お前なりに考えたことなのは、オレだって分かるんだ」
「カナタが感じた一言には勝てないよ。それにね」
スプーンをグラスの中に置き、静かにまぶたを伏せる。
「……最初に、喜んでくれたときの方が傷ついたから、ヤダって言われた今は嬉しいんだ」
瞳を見せ、輝く笑顔がふわりと部屋を明るくした。なんだよそれ、と試されたような気になるが、家族であって恋人でもないのに、勝手にヤキモキしたのはカナタの方だ。
嫉妬させるつもりなんかシャルスにはない、と思ったところで、ようやく気づいた。妬いていた。そして今、最低なことに胸が軽い。
誤魔化すように、杏仁豆腐を大きくすくって口に入れると、アプリコットの味が爽やかに舌を蕩けさせた。美味い。
「何言ってんだよ。ヤダとは言ったが……オレの、ワガママに左右されることねえんだぜ」
「駄目だ許さない、って素直に怒ってくれてもいいんだよ。キャプテンに従うよ」
そんなことを言ったら、やきもちやきの男のようだ。もう一口食べる。やっぱり美味い。
プライベートまで束縛する気はない。右腕をやめるわけでもない。もちろん、やめると言われても右腕の義手を言い出せばただの脅迫だ、契約も手立てもない。ザックはともかく、シャルスとは雇用契約さえないのだから。
互いの情……友愛だけの仲だ。その事実は、誇らしくもある。
「命令なんか、船を降りてるときまで振りかざせるかよ」
「そうなの? つまらないな」
「つまんなくねえの」
シャルスは立ち上がり、テーブル越しに顔を寄せてきた。
頬が触れそうな肌の熱をほのかに感じる距離。チューリップの香水と髪がくすぐり、耳元で唇の弾ける音が響く。耳孔から脳に真っ直ぐ侵食してくる音。
「忠誠のキスはまた乗船したときにね」
「お、おまえなあ! オレは婿入り前なんだぞ!」
甘い声のせいで、一気に紅潮しだした己の顔の熱が気恥ずかしい。更に口へと運ぶ杏仁豆腐。今日はアルコール入りだったのかと思うほど、火照ってくる。
しかし、シャルスはきょとんと普段通りに綻ぶだけだ。
「ただの挨拶じゃないか?」
その通りだ、ヴィクシアの親しい間柄での挨拶だ。今はまったく挨拶のタイミングではないが。
「シャルスは誰にでもしてることかもしんねえけど!」
「いいや、もう男相手はカナタにだけさ」
もう一口食べたかった美味しい杏仁豆腐は、底をついていた。
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No.2654|彼方のアストラ関連|