クロボー小説
2020/08/30(Sun)
『ほつれたリボンで殴る』のあと(3800字)
8年後ボーマンがクリス(クロス王国王子、現王様、本名クロウサー)と会話する話
※本の設定やラストの心情を前提にしているので、本を読んだうえで、終わったものの続きが許容できる方のみどうぞ
感想を頂いたとき、クロードがボーマンの面影や似たものに想いを馳せるのは幾つも描いたけど、ボーマンからのはなかったなあ…クリスいるのになあ…と思った結果です。漫画より小説かなと思った。
ちなみに、クロード編なのでクリスの妻はロザリア
読んだ小説と読めない手紙
クロス王家は去年、クロウサー・T・クロス新王が継いだ。
王子時代によく療養をするから病弱ではないのか、という話はラクール大陸にも届いていたが、実際には『魔物が徘徊する時期に各地を放浪していた』という事実をボーマンは知っていた。
ボーマンたちがしていたエルリア大陸復興の支援も、前王がラクールとの共同で尽力してくれた。その際に、当時は王子だった彼とも顔を合わせた。ボーマンからすれば、驚愕の顔。王族への畏怖ではない、王族はラクール王で研究所勤務時にとっくに見慣れている。
クロードに瓜二つな彼は、久々に顔を見ても、そっくりなままだった。
「ご無沙汰しておりました、クロウサー王」
「お久しぶりだね、ボーマン。前にも言った通り、クリスでいいよ」
声まで似ている。年齢も、クロードと二つ上なだけ。つまり今は二十九。もちろんクロードと比べれば、やや細身で肌が白いだとか、クロードよりも品があって穏やかそうだとか、そういう細々な違いは一見して分かる。違いは豪奢な身なりだからではない。もし同じ格好をして話しかけられても、一発でわかる自信がボーマンにはあった。自嘲めいた自信。
何故なら、こちらを見つめる視線が、あまりにも違う。
クロウサーの親しげではあるが距離のある視線が、そっくりな顔で投げかけられる。初めてクロードと出会った時、こんなふうだったかな、とは考えるがもう思い出せない。熱の籠もった視線だけがあの純粋な青い色を彩っており、もうクロードは二度とその色を見せない。
「クロードはどうしたんだい? 一緒に来てくれると思ってたんだがな。お揃いの服も用意してみたのに」
「あいつは、遠い故郷に帰ってますね」
クロードを思い出すと、今は、胸のあたりがざわつく。
橋でクロードを殴った、あの晩からまだ、三日。もう三日だったのか。あのあと、夜の空へひとりで向かうクロードを見送ることもできなかった日。翌日、ボーマンはエリスに酷く癇癪を起こされた。あれは夢だとボーマンが告げても、聞いてくれやしなかった。
夢だと思い込みたくても、夢でなかったことは知っている。殴られてもいないのに、痛みを覚えている。後ろ髪を引かれるようなチリチリとした痛みと、胸を空洞にした何かの形。
「どの大陸よりも遠い国、か。クロードは本当に不思議な人間だ」
クロードは、不思議な少年だった。ごくふつうの、なんの変哲もない、青春の心躍るところも危ういところも全てを詰め込んだような、平凡な少年。
「あーあ、生き別れの双子だったら面白いのになあ」
彼らが双子であることは、ない。空の星から来た少年、だなんてエクスペルでは他に誰が信じるだろう。ボーマン自身でさえ、ウチュウを理解していると思えない。二度と帰ってこない、遠すぎる場所だ。
「今日、お招きいただいたのは、一体どのような御用で?」
クロウサーと視線を合わせることができないまま、ボーマンは意図して硬い口調で切り返した。競り上がる胸の熱が、鼻先や目元を刺激しないうちに。
「こんなところで内密の話とは」
王の私室。使用人は茶を出したら退出してしまった。手紙で呼び出されるところまでは、エルリア支援の恩義もあるから応えるが、謁見室ではなく私室というのは気にかかった。そこまでの交流はない。当時、クロードとは同じ顔だという驚きもあったのか、すぐに意気投合していたようだが、その同行者がいないボーマン一人を通すのも不思議なものだ。
「たいそうな話じゃないんだ」
言いながら、テーブルの上にあった兎皮のカバーがついた書籍の山から二冊、手に取って扉のページを開く。
『黒猫館殺人事件』『蝋人形殺人事件』B.Jean著。
「妃は読書家でね。ラクール出版から、ロザリアが取り寄せたものだ。ラクール城の友人に紹介されたらしい、きみの推理小説を特に気に入っているんだ」
「おお……それは光栄ですね」
正直、驚いた。元ラクール国の美姫としても有名なロザリア王妃が、まさか読んでいるとは。幼い頃から絵姿でその清楚な麗しさを見ていたこともあり、かなり奇怪な描写もある大衆的なあの小説を気にいるとは意外だった。
「探偵と助手が、……なんだったかな。薬草の知識を元に、意外な視点から解明していくのが面白いらしい。続編か、別のシリーズでもいい、新作を楽しみにしている、と伝えるように言われてる」
「いやあ、これはありがとうございます」
素直に嬉しい。それと同時に、新作をあいつも楽しみにしてくれたな、とふと過ぎる。結局、書かずじまいだった。子育てに忙しくなり、成長したら絵本を選ぶ方ばかりだった。
王族相手に社交辞令で請け負う素振りは禁物だが、書いてもいいかな、と思えてくる。美女に褒められたと聞いて今更書いたら、怒るだろうか。
「そして僕はこちらの本のファンだ」
クロウサーは、もう一冊引き寄せた。
『星々の大海』
「クロードの」
胸が跳ねるのに押し出され、呟きが漏れた。作者を示す、C.C.Kennyという印字。
鼻先を何気ないふりで抑えた。終わったつもりでいてもあいつは、エクスペルに置き土産をしていく。
「僕は冒険小説に目がなくてね。ご存知の通り、自分でも冒険に出ていたくらいに」
懐かしい。クロードが執筆したこの本を、ボーマンは旅の最中に読んでいた。名を挙げたもう一冊も。『空』を飛ぶ船から遭難し、未開の島に辿り着いた少年の夢見がちな冒険譚……だと思っていたが、その実、クロードの視線での物語だったとネーデで知った。
クロードが、見て、思い、感じた光景。風と星。クロードはこの星を、遥かな己の故郷よりもずっと美しいと感じていた。
「以前の『風の惑星』も何度も読んだが、こちらを特に気に入っている」
よく見れば、薄く茶色がかった紙は読み込まれてところどころ弛んでいた。ページを撫で、ここの親の愛に気づいて新たな道を選ぶシーンが好きなんだ、と語る。
「ボーマンも読んだかい?」
頷くと、満足げになる。今日はステーキか、と声をかける自身が脳裏によぎった。やはりクロードに似ている。
「聞かない苗字だとは思ったが、作者がクロードだと知って驚いたよ。ならば直接、話をしたかった……が、来られないのは残念だ」
懐から、小さな書簡の筒を取り出す。
「ボーマン。君にこれを、クロードに届けて欲しい」
クロス王家の印ではない、やや素朴な印で封をされていた。クロウサー王としてではなく、クリスからのもの、という意味だろう。
「感想をしたためてある。本当に素晴らしい冒険だったよ」
あの頃仲が良かったのだから、また会うのだろうという顔。ボーマンにならまた顔を見せに来る、とクロウサー王までが思い込んでいた。
もうない。あれが最後だ。ランプも沈んだあの寂しい暗闇の中、クロードの大人びた顔が、そう告げていた。もう少し早く、これを渡してくれていたなら、渡せた。
「残念ですがね、俺は渡せないんですよ」
誰に託せばいいだろうか、と躊躇う。オペラとエルネストなら、またクロードと会うだろうか、と思索する。何があったの、と聞かれるには違いない。そして、クロードをフった、なんていつものことだからと軽く思われる。何度、気付いてたくせに失恋をさせたのだろう。
あの夜に、失ったのはボーマンの方だけ。
「そうか。理由は?」
そんな厄介なものを受け取りたくはない。
「……喧嘩、ですよ。意見の相違というかなんというか……絶交しまして。どっちも悪くないというか、どっちも悪いというのか」
友情だと思わずにいたら、もっと早く途切れていただろう。クロードの感情を、受け入れるにしても、拒絶するにしても。ボーマン自身が見なかった感情を、恐らくクロードは二人分、背負っていた。先に進むために、一人分を降ろして行った。一番いい手段だ。
受け入れるなんて選択肢は、始めからない。胸に手を当てる。掻き毟る直前の指で、心を留める。
「それなら、僕のためにも仲直りして欲しいものだな」
「無理ですねえ。俺、あいつのこと、……嫌いなんですよ」
クロードと同じ顔をした男に、もう一度、嘘を告げる。
しばしの瞬きののち、クロウサーは、ボーマンの胸に置かれたままの手を取った。ブレスレットが瞬き、手のひらに書簡が載せられる。強張る指は、それを握ることはできない。
「ボーマン。大好きだと、クロードに伝えてくれ」
彼は同じ顔で、そう願う。同じ声で、ボーマンの名を呼ぶ。
確かに違う、似ているだけのその姿で、瞳にほんの少し熱を宿して囁いた。きらきらとした冒険の最中にいるような、青い瞳。傷つくこともなく、嘘を受け流す。
夢の中で、夢魔だか何かがクロードの姿で囁いてくるようだった。クロードに大好きと言え、だなんて。ひどく、呆然とさせられる。
もちろんこのクロウサーが言うのは、小説の話。架空の物語だと思っているクロードの現実に対して、大好きだと言え、と強い瞳で言う。
この物語を歩んだお前に、愛しさを伝える言葉を委ねた。
大好きだと、言ってやらずに無事に終われた間柄のことなど、知りもしない。
「渡せる保証はなくても、預けておこう」
「この顔の奴はワガママなのか?」
内心でのつもりが、唇が動いていたことに気づく。はっきり聞こえたらしくクロウサーは、ふふはは、と大きな声で笑った。なんだ、笑い方はそれほど似ていない。
「昔クロードが言った話だが、世界に三人は同じ顔がいるらしい!」
どんなだったかな。ボーマンは書簡を握りしめながら、あの笑い方を手繰り寄せるように思い出す。今は胸を軋ませるあの笑い声は、いつかもっと朧げになるのだろうと予感していた。
それこそが互いに良い未来だと、知っていた。
【♡拍手】
8年後ボーマンがクリス(クロス王国王子、現王様、本名クロウサー)と会話する話
※本の設定やラストの心情を前提にしているので、本を読んだうえで、終わったものの続きが許容できる方のみどうぞ
感想を頂いたとき、クロードがボーマンの面影や似たものに想いを馳せるのは幾つも描いたけど、ボーマンからのはなかったなあ…クリスいるのになあ…と思った結果です。漫画より小説かなと思った。
ちなみに、クロード編なのでクリスの妻はロザリア
読んだ小説と読めない手紙
クロス王家は去年、クロウサー・T・クロス新王が継いだ。
王子時代によく療養をするから病弱ではないのか、という話はラクール大陸にも届いていたが、実際には『魔物が徘徊する時期に各地を放浪していた』という事実をボーマンは知っていた。
ボーマンたちがしていたエルリア大陸復興の支援も、前王がラクールとの共同で尽力してくれた。その際に、当時は王子だった彼とも顔を合わせた。ボーマンからすれば、驚愕の顔。王族への畏怖ではない、王族はラクール王で研究所勤務時にとっくに見慣れている。
クロードに瓜二つな彼は、久々に顔を見ても、そっくりなままだった。
「ご無沙汰しておりました、クロウサー王」
「お久しぶりだね、ボーマン。前にも言った通り、クリスでいいよ」
声まで似ている。年齢も、クロードと二つ上なだけ。つまり今は二十九。もちろんクロードと比べれば、やや細身で肌が白いだとか、クロードよりも品があって穏やかそうだとか、そういう細々な違いは一見して分かる。違いは豪奢な身なりだからではない。もし同じ格好をして話しかけられても、一発でわかる自信がボーマンにはあった。自嘲めいた自信。
何故なら、こちらを見つめる視線が、あまりにも違う。
クロウサーの親しげではあるが距離のある視線が、そっくりな顔で投げかけられる。初めてクロードと出会った時、こんなふうだったかな、とは考えるがもう思い出せない。熱の籠もった視線だけがあの純粋な青い色を彩っており、もうクロードは二度とその色を見せない。
「クロードはどうしたんだい? 一緒に来てくれると思ってたんだがな。お揃いの服も用意してみたのに」
「あいつは、遠い故郷に帰ってますね」
クロードを思い出すと、今は、胸のあたりがざわつく。
橋でクロードを殴った、あの晩からまだ、三日。もう三日だったのか。あのあと、夜の空へひとりで向かうクロードを見送ることもできなかった日。翌日、ボーマンはエリスに酷く癇癪を起こされた。あれは夢だとボーマンが告げても、聞いてくれやしなかった。
夢だと思い込みたくても、夢でなかったことは知っている。殴られてもいないのに、痛みを覚えている。後ろ髪を引かれるようなチリチリとした痛みと、胸を空洞にした何かの形。
「どの大陸よりも遠い国、か。クロードは本当に不思議な人間だ」
クロードは、不思議な少年だった。ごくふつうの、なんの変哲もない、青春の心躍るところも危ういところも全てを詰め込んだような、平凡な少年。
「あーあ、生き別れの双子だったら面白いのになあ」
彼らが双子であることは、ない。空の星から来た少年、だなんてエクスペルでは他に誰が信じるだろう。ボーマン自身でさえ、ウチュウを理解していると思えない。二度と帰ってこない、遠すぎる場所だ。
「今日、お招きいただいたのは、一体どのような御用で?」
クロウサーと視線を合わせることができないまま、ボーマンは意図して硬い口調で切り返した。競り上がる胸の熱が、鼻先や目元を刺激しないうちに。
「こんなところで内密の話とは」
王の私室。使用人は茶を出したら退出してしまった。手紙で呼び出されるところまでは、エルリア支援の恩義もあるから応えるが、謁見室ではなく私室というのは気にかかった。そこまでの交流はない。当時、クロードとは同じ顔だという驚きもあったのか、すぐに意気投合していたようだが、その同行者がいないボーマン一人を通すのも不思議なものだ。
「たいそうな話じゃないんだ」
言いながら、テーブルの上にあった兎皮のカバーがついた書籍の山から二冊、手に取って扉のページを開く。
『黒猫館殺人事件』『蝋人形殺人事件』B.Jean著。
「妃は読書家でね。ラクール出版から、ロザリアが取り寄せたものだ。ラクール城の友人に紹介されたらしい、きみの推理小説を特に気に入っているんだ」
「おお……それは光栄ですね」
正直、驚いた。元ラクール国の美姫としても有名なロザリア王妃が、まさか読んでいるとは。幼い頃から絵姿でその清楚な麗しさを見ていたこともあり、かなり奇怪な描写もある大衆的なあの小説を気にいるとは意外だった。
「探偵と助手が、……なんだったかな。薬草の知識を元に、意外な視点から解明していくのが面白いらしい。続編か、別のシリーズでもいい、新作を楽しみにしている、と伝えるように言われてる」
「いやあ、これはありがとうございます」
素直に嬉しい。それと同時に、新作をあいつも楽しみにしてくれたな、とふと過ぎる。結局、書かずじまいだった。子育てに忙しくなり、成長したら絵本を選ぶ方ばかりだった。
王族相手に社交辞令で請け負う素振りは禁物だが、書いてもいいかな、と思えてくる。美女に褒められたと聞いて今更書いたら、怒るだろうか。
「そして僕はこちらの本のファンだ」
クロウサーは、もう一冊引き寄せた。
『星々の大海』
「クロードの」
胸が跳ねるのに押し出され、呟きが漏れた。作者を示す、C.C.Kennyという印字。
鼻先を何気ないふりで抑えた。終わったつもりでいてもあいつは、エクスペルに置き土産をしていく。
「僕は冒険小説に目がなくてね。ご存知の通り、自分でも冒険に出ていたくらいに」
懐かしい。クロードが執筆したこの本を、ボーマンは旅の最中に読んでいた。名を挙げたもう一冊も。『空』を飛ぶ船から遭難し、未開の島に辿り着いた少年の夢見がちな冒険譚……だと思っていたが、その実、クロードの視線での物語だったとネーデで知った。
クロードが、見て、思い、感じた光景。風と星。クロードはこの星を、遥かな己の故郷よりもずっと美しいと感じていた。
「以前の『風の惑星』も何度も読んだが、こちらを特に気に入っている」
よく見れば、薄く茶色がかった紙は読み込まれてところどころ弛んでいた。ページを撫で、ここの親の愛に気づいて新たな道を選ぶシーンが好きなんだ、と語る。
「ボーマンも読んだかい?」
頷くと、満足げになる。今日はステーキか、と声をかける自身が脳裏によぎった。やはりクロードに似ている。
「聞かない苗字だとは思ったが、作者がクロードだと知って驚いたよ。ならば直接、話をしたかった……が、来られないのは残念だ」
懐から、小さな書簡の筒を取り出す。
「ボーマン。君にこれを、クロードに届けて欲しい」
クロス王家の印ではない、やや素朴な印で封をされていた。クロウサー王としてではなく、クリスからのもの、という意味だろう。
「感想をしたためてある。本当に素晴らしい冒険だったよ」
あの頃仲が良かったのだから、また会うのだろうという顔。ボーマンにならまた顔を見せに来る、とクロウサー王までが思い込んでいた。
もうない。あれが最後だ。ランプも沈んだあの寂しい暗闇の中、クロードの大人びた顔が、そう告げていた。もう少し早く、これを渡してくれていたなら、渡せた。
「残念ですがね、俺は渡せないんですよ」
誰に託せばいいだろうか、と躊躇う。オペラとエルネストなら、またクロードと会うだろうか、と思索する。何があったの、と聞かれるには違いない。そして、クロードをフった、なんていつものことだからと軽く思われる。何度、気付いてたくせに失恋をさせたのだろう。
あの夜に、失ったのはボーマンの方だけ。
「そうか。理由は?」
そんな厄介なものを受け取りたくはない。
「……喧嘩、ですよ。意見の相違というかなんというか……絶交しまして。どっちも悪くないというか、どっちも悪いというのか」
友情だと思わずにいたら、もっと早く途切れていただろう。クロードの感情を、受け入れるにしても、拒絶するにしても。ボーマン自身が見なかった感情を、恐らくクロードは二人分、背負っていた。先に進むために、一人分を降ろして行った。一番いい手段だ。
受け入れるなんて選択肢は、始めからない。胸に手を当てる。掻き毟る直前の指で、心を留める。
「それなら、僕のためにも仲直りして欲しいものだな」
「無理ですねえ。俺、あいつのこと、……嫌いなんですよ」
クロードと同じ顔をした男に、もう一度、嘘を告げる。
しばしの瞬きののち、クロウサーは、ボーマンの胸に置かれたままの手を取った。ブレスレットが瞬き、手のひらに書簡が載せられる。強張る指は、それを握ることはできない。
「ボーマン。大好きだと、クロードに伝えてくれ」
彼は同じ顔で、そう願う。同じ声で、ボーマンの名を呼ぶ。
確かに違う、似ているだけのその姿で、瞳にほんの少し熱を宿して囁いた。きらきらとした冒険の最中にいるような、青い瞳。傷つくこともなく、嘘を受け流す。
夢の中で、夢魔だか何かがクロードの姿で囁いてくるようだった。クロードに大好きと言え、だなんて。ひどく、呆然とさせられる。
もちろんこのクロウサーが言うのは、小説の話。架空の物語だと思っているクロードの現実に対して、大好きだと言え、と強い瞳で言う。
この物語を歩んだお前に、愛しさを伝える言葉を委ねた。
大好きだと、言ってやらずに無事に終われた間柄のことなど、知りもしない。
「渡せる保証はなくても、預けておこう」
「この顔の奴はワガママなのか?」
内心でのつもりが、唇が動いていたことに気づく。はっきり聞こえたらしくクロウサーは、ふふはは、と大きな声で笑った。なんだ、笑い方はそれほど似ていない。
「昔クロードが言った話だが、世界に三人は同じ顔がいるらしい!」
どんなだったかな。ボーマンは書簡を握りしめながら、あの笑い方を手繰り寄せるように思い出す。今は胸を軋ませるあの笑い声は、いつかもっと朧げになるのだろうと予感していた。
それこそが互いに良い未来だと、知っていた。
【♡拍手】
No.2659|SO2関連|