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::柚缶日記::

もしもし!!!もしもし!!聞こえますか!!!

カナシャル小説10本目

2020/09/07(Mon)

やや非健全小説(16000字)
こちらのバーに行く話の続きですが、15禁になりました
シャルス一人称でカナタとバーに行ってお泊りしてくる話
複数のモブがちょいちょい出てきて喋ります
前半でちらっと触れてた女体化シャルスの幻覚とか
これもあとでまとめて、前記事にそのうち入れとく




男二人でバーに行き、そのあとは

15禁

 待つ時間さえ幸せだ。
 遊びに行くのは何人とでも楽しいんだけど、カナタと二人きりでの約束は、やっぱり特別な気持ちがするよ。今夜、キミを独り占めできる栄誉。カジュアルなワイシャツと下着と靴下はつい新品だ。また帰りたくなくなりそうなのが、唯一の欠点だね。
 いつものダーツバーで待ち合わせをすると、チョコカシスを飲み干しかけた頃、少し遅れてカナタは到着した。未だに大学生みたいな格好で、息を切らして隣に座る。
「悪い! ここのは奢る!」
「あっはっは、キミはまた人助けでもしてきたの? はい、お水」
 ボクがキミに簡単に奢られると思わないでくれ。
「おお、サンキュー。人助けってほどじゃねえよ。目の前で荷物こぼした大学生がいたから、一緒に拾って……バイトに行くの怖いって落ち込んでたのを、ちょっと話聞いてたんだ」
 充分、人助けだなあ。そこからボクのいるところに走ってきてくれたんだね。
「じゃあお詫びにボクの奢りで一杯、強いの飲んでもらおうかな」
 ロングアイランドアイスティーの注文画面を見せると、カナタは首を振って初期画面に戻す。冗談だよ。もし知らなかったら警戒させたかっただけ。
「酔い潰そうとすんな。あとそのジャンパー、シャルスに貸してたんだっけ」
 ボクが着ているのは、以前、ほろ酔いのカナタ一人だけタクシーで家に送るとき、カナタが夜は寒いからって羽織らせてくれたファルケン社のブルゾンジャンパーだ。
「そうだよ。もうカナタのにおい、なくなったから返すね」
 もう一回つけてもらってからまた借りよう。そう思って脱ぐと、襟に手が伸びてきて止められる。
「オレは今日の着てるし、お前のがなくなるだろ」
「いいの? じゃあ、今晩もキミの服を着ているね」
 それで済ませると、またボクのクローゼットにカナタの服が増えるんだけどな。まあいいか、違う服を贈るチャンスだ。何を着てもらおうかな。大人っぽいのも着て欲しいけど、かっこ良すぎるのも問題かな。
 アリエスは中身重視だからか、細かい差に気付いても、頓着はしないみたいだし。
「そういえば、アリエスは今晩どうしてるの? 一緒に来てもよかったんじゃない?」
 女性陣でも男性ダンサーの日に行ったらしい、って聞いたけれど。フニちゃんが、もう十八なのに置いて行かれた!って怒ってたよ。飲酒年齢になったら行こうね、って慰めたらセクハラってキトリーに言われちゃったけど。
「アリエスは大学メンバーの女子会で、今日はお泊まりパーティだってよ。つまみのチーズやハムどっさり抱えて行ったぜ」
 タブレットを取り出し、ボクに見せてくれる。アリエスからの写真付のメッセージだ。
 同世代の女性たちがグラスを携える中に、幸せなリスのように頬張るアリエスがいた。B5以外にも、彼女の交流範囲は広い。どんなところでも愛されて楽しそうなアリエスを見ると、ほっとする。
「知ってたらボクからも何か贈れたのにな」
「シャルスのやつが主役になっちまうだろうが」
「残念だけど、確かにそれは良くないね」
 キトリーにたまに叱られるんだけれど、ボクはいまいち加減がズレてる……らしい。カナタには『右腕』だし、アリエスになら『父親』なんだからいいじゃない、って思うんだけどな。ダメなのかなあ。うーん、ボクの好きにやろっと。

 店に着くと、まだステージ開始には早い時間だった。ショーの間も出入りは自由だから、既に開店しているバーに入っておこう。そこで、カナタの足が止まる。階段を降りてすぐ横の壁にある、看板を見ていた。本日のショーの出演者を紹介する掲示板。
 それから、ゆっくりこちらに振り向く。うん、何か言いたそうな顔だね。うんうん。
 かわいい。かわいいなあ。さっきの店で、軽いメロンリキュール系を一杯飲んだだけなのに、体質なのかほんのり頬が赤らんでいるカナタ。眉を釣り上げようか垂れさせようか、迷ったような驚愕する顔。この顔を独り占めできるだなんて、右腕冥利に尽きるよ。
「一言も言わなかったよな……?」
「一言も聞かれなかったからね」
 カナタは頭を抱える。女性ダンサーのストリップショー見るぞとわくわく来たら、今日は男性ダンサーの日だったなんて、びっくりしただろうなあ。新婚のカナタに、余所の女性の裸なんてボクが見せるわけないのにねえ。
「お前らが行くって言うんだから、そうだよな、どっちでもあり得たんだ……」
「キャバッキャバキャバ、どうする? やめにする?」
 電子看板に流れる写真を見ると、さまざまに良い筋肉の男性が快活に笑ってる。女性にもあったけれど、顔を微妙に隠す人がいるのはなんだろう。他に本職があるのかな。体だけ見せられると、なんだか変にそわそわしちゃうなあ。あ、この縫工筋。
「いや! シャルスだって楽しみにしてたんだろ。せっかく来たんだし、やめねえよ」
 ボクが、カナタに似たラインを見つけている内に、気を取り直して大股で受付に向かって行った。よかった。この人の喉仏、カナタとは違うけど好きな形だなあ。
 あれ、受付の人と何か話してる? チケット買うだけじゃないのかな。
「遅いよ、キミ。まだ入るの二回目だよね、すぐ店長に話して準備して」
「え、ちが」
「違います!」
 受付奥のスタッフルームに通されそうになったカナタの右腕を掴む。なんで間違えられてるのさ! 確かに、カナタは服着てても分かるいい体だけど! しかも運動神経抜群でこの愛嬌で優しくてかっこよくて可愛いだなんて、すぐに人気ナンバーワンは間違いないけれど!
「なになに、どういうこと」
 未だに『新人スタッフと間違えられている』状況が分かってないのか、混乱しているカナタの腕を背後から抱きしめる。
「彼はボクの連れだよ。ボクたちは客として来たんだ」
 そう穏やかに言うと、受付の人はカナタの顔や体を見返して、ようやく別人だと気付いたようだ。少しだけボクの顔が廊下を明るくした甲斐もあったかな。
 すまなかった全然違う顔だったと謝ってから、チケットを二枚発行してくれる。あとはダンサーに渡すチップとして、小さな紙片の束を一セット、ボクの分だけ。もしもカナタが踊るなら、これだけじゃ足りないだろうなあ。
 支払いを終えると、受付さんはもう一度カナタの体をまじまじと見て、うちで働かない? なんて言う。
「お気持ちはわかりますが、ダメだ」
「はは。可愛い恋人がいるなら難しいか。ほらこれお詫びのサービス」
 瓶入りのドリンク二本。
「その通り、この肉体は全て可愛い恋人のものだから」
 カナタを守りたくて、ボクは出来る限り体を寄せる。
「えっ。シャ、シャルス……?」
 あれ? なんでこの人、カナタに可愛い恋人のアリエスがいることを知ってるんだろ。
 あっ、そうか。カナタホシジマは有名だ。結婚したことは知らなくても、恋人がいることくらい他の人が知っててもおかしくないか。ボクも見知らぬ人にプライベート赤裸々にされてるからね。
 納得しながらステージルームに入る。まだほとんどお客はなくて、数組の女性客がいるだけだ。一組、ボクたちを見て何か話してる気がするけれど、ヴィクシアのお客さんかなあ。ウインク飛ばしてみたら、内緒話をやめてくれた。このバーは撮影も録音も禁止で助かるなあ。
 汗も見えそうなステージ近くの席がいいかな、と思ったけれどカナタは店内をきょろきょろ見渡しながら、ステージ全体が見える奥の二人がけソファに向かった。以前は空いてなくて隅だったけど、今度は中央だ。いいよ、カナタの好きな場所で。
「さっきは助けてくれたな。ありがとよ」
「お安い御用さ」
 応えると、照れ臭そうにカナタは左手で頬をかく。
「けどよ。恋人のふりまでは、しなくても……よかったんじゃねえ?」
 瓶の蓋を開けようとして、気づいた。カナタの視線の先。
 ボク、まだカナタの腕にひっついたままだった。
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
 するりと腕を離す。ついつい気持ち良くて、癖になってるのかな。一口飲んでると、右腕の解放されたカナタも瓶の蓋を開けた。
「ボクは右腕なんだから、腕くらい組むよ」
 じゃあさっきの受付、もしかしてボクに『可愛い恋人』だなんて言ってたのか! どうしよう。腕を組むだけで誤解させる要因があることくらい、ボクだって分かる。
「もしかして、カナタの迷惑になってた?」
「迷惑じゃねえよ。腕組むくらいなら好きにしろよ」
「よかった」
 嬉しくて、またキミの腕を抱きしめてしまう。硬い金属はカナタの肉体じゃないのに、触れるたびに胸を焼くほど愛しい。カナタたちが勘違いしないなら、他人にどう思われてもいいよ。ボクは王様としては劣等生だけど、右腕としては首席の優等生でいたいな。
 同時に瓶を傾けて、同時に口から下ろしてしまい、なんだか肋骨の裏側がくすぐったくなって笑ってしまった。
 
 テーブルで小ぶりなボトル一本と白身魚のフライとひまわりの種を追加注文し、ショーが始まる。
 際どい下着に短い上着だけの、音楽に合わせてダイナミックに踊るダンサーも目を惹くけれど、他にも筋肉を見せつけてくれる人たちが店内を歩く。腰やサスペンダーにチップを少しずつ挟まれているみたいだ。お礼にお姫様抱っこをされている女性もいた。
 こういうのは、先日にはなかったなあ。また違う世界だ。それに、男の人は全部は脱がないんだね。明らかな勃起反応は見える。
「すげえな……」
「楽しいね!」
「楽しいかどうかはちょっと分かんねえけど、すげえわ」
 カナタは呆然と場に飲まれてるけど、拒否してるわけじゃなさそうだね。せっかくなら楽しんで欲しいけれど、この場所のサービスをカナタが気にいるとは思えないしなあ。
 けれどボクもチップ使いたいな、と思ったら褐色肌の男性が近づいてきた。楽しんでる? とソファの肘掛に体をもたれさせ、眼前に胸筋の発達を示してくれる。鍛えた体っていいなあ。雄と雌の微妙な差異が裸体だと強調されるし、多数の個体差を一度に観測できるのは嬉しい。
「さわってもいいかな?」
 尋ねながらチップを胸元に挟むと、どうぞ、と悩ましげなポーズを取ってくれる。割れた腹筋を撫でてみると、カナタとはやっぱり触り心地が違うな。何かを肌に塗ってるのか、てらてらしてる。
「バランスのいい腹直筋だね」
「だろ? カップルで来たんだ、カレシに嫉妬させちゃうよ?」
「そんなわけないよ」
 でも、あちら妬いてる顔してる。と楽しそうに囁かれる。
 振り向くと、拗ねた顔だ。不満げな眉間に、軽く歪む唇。あれ、このくらいもダメなのかな。男相手はキミだけだ、って言ったんだから信用してくれていいのに。酔っ払ってるせいもあるのかな?
「妬かせて熱い夜を過ごそうって魂胆?」
 笑いながら、男性は陽気に手を振って次のお客の席に向かった。腕を組んでなくても誤解するのは、彼がゲイだからなのかな。それともカナタの態度か。
「カナタ。キミを拗ねさせちゃったかな?」
「……別に妬いてねえけど、オレを触るだけじゃ満足してねえんだなーって」
 キミを触る行為以外は、動物のいろんな個体を触りたくなるのと同じなんだけどな。同種族だと性欲に見えて問題はあるのか。ワガママ堪えてほんの少し怒ってるカナタの顔、腰にぞくぞく響くよ。
「そんな顔しないでくれ。寂しがらなくていいだろ」
 チップの紙を、カナタの襟に挟む。肌に密着した素材ではないから、服の中に入り込んでしまう。ぶつくさ言いつつ裾から取り出そうとするカナタの隙を見て、露出した腹筋の窪みをなぞるように撫でた。
「ひゃん」
「カナタの触り心地が一番だよ? ボクは結局、キミでしか満足できないと分かるだけさ」
「ひゃめ、こら」
 耳たぶを齧るような距離。横髪に吐息をかけながら静かに囁くと、カナタの皮膚の熱は火照り出す。こんなムードのあるところで可愛く拗ねられると、ボクのお尻がむずつくからやめてほしいな。そんなふうに股間を張り詰めても、……困るんだ。ボクは『可愛い恋人』じゃない。
「キミだって、アリエスがいるのにポルノ作品を楽しむだろう?」
「あ、うん、まあ、それはー、そうだけどよお」
 そういえば。
「金髪碧眼色白お嬢様のご奉仕もの、なんて珍しい趣向にも手を出したらしいね」
 尋ねた途端、思った以上にカナタの瞳に狼狽が宿る。ただ話題を逸らしただけなのに、様子がおかしい。
「る、ルカに勧められて?」
 なんで声が上擦るんだ? そんなにマニアックなものかなあ。
「いや、こう、アニメで立体のエロいの初めてだったんだけど、かなり出来がいいんだよ。一人称視点でさ。呼び方も設定できて、『キャプテン』なんてのがあると、オッてなるだろ?」
「へえ。実写以外はカナタには珍しいね」
 ボクはアンドロイドビーゴのようなデフォルメ作品以外で、生物を模したものはある程度リアルな動作じゃない限り、不気味で見ていられないんだけど……カナタが程よく映像作品として楽しむなら、なんの問題もないよね。
「お嬢様にしては口調がさばさばしてるっつーか親しみがあるし、おっぱいも大きいし、やたら積極的でな。そのくせリードはこっちに任せてくれたり最後まではお預けで、興奮させるのが上手くて」
 聞く前にぺらぺらと答えてくれるのは、いかにもやましいことがありそうだけど、何が問題なのか分からないな。
「……ご、ごめんなさい……すまん、抜いてすまん。気づいてからも一回使ったの、オレ最低だよな」
「ん? どうして謝るの?」
 薄暗いけど、ちょっと涙目になってる? まるでボクがカナタを追い詰めてるみたいだ。
「あとで消すからあ! 許して!」
「えっ、なんでなんで。使うのに、ボクの許しなんて必要ないだろ?」
「無理」
 肉食大型獣がぷるぷると羽虫のように震える。困ったなあ。敏感な反応をする健康優良な海綿体が落ち着いてくれたのはいいんだ。けど、困らせるつもりなんかなかったよ。カナタの背筋を出来るだけ優しく撫でる。
「もう二度とボクが昔みたいにご奉仕できないんだから、頻繁にある愛のない性欲をポルノで発散するのは、健全じゃないかな?」
 もちろん、アリエスが嫌がるなら別だけど、ポルノに理解はあるようだしさ。カナタには内緒にする約束で、性的な少女漫画を持っていることもふとした流れで教えてもらった。
「…………、っ、……すまねえ……」
 だって多分『あれ』だろ。ルカに聞いてから調べてすぐにサンプルを見つけた、おそらくボクの世間的イメージを女性化して作られた素人作品。訴えたら、似てるとヴィクシアが認めることになるから、黙ってるけどさ。ボクあんなに初心じゃないよ。
 …………そっかあ。ボクだと思ってカナタが一回抜いたのかあ。ふーん。そっか。
「謝らなくてもいいよ。ご奉仕、気持ち良かったんだ?」
「……ん」
 聞きながら、ピックに刺さったフライをカナタの口元に運ぶ。素直に食べてくれてから、気まずそうに頷いた。その7、食べると元気が出る、だろ。
「シャルスのが、美味いんだよなあ」
 ボクも食べると、うん、油に問題があるのか揚げ方がベチャっとしてるね。これはこれで悪くないよ。こういう細胞培養スケトウダラをボクは普段食べないけれど、生物の自然なルールから逸脱させるのも生物の習性なのかな、とも思うんだ。
「また揚げたて作るからさ。ほら、お酒飲も?」
 自分のグラスとカナタのグラス、両方を持ってカナタに片方を渡す。受け取るとすぐに、ほとんど全部を飲んでしまう。ポリ姉みたいに強くないんだから、そんな飲み方しない方がいいよ。
 薄らと色の残るグラスを、ぼんやりと見つめてカナタは呟く。
「うー……オレもう、たぶん、だいぶ酔ってて、妙にドキドキしちまってて、また悪いこと言ったら……ごめんな」
 酔ったあとは本音だから、許せることと許せないことがあるかなあ。
「うん、大丈夫だよ。キミの好きにしてくれ」
 だからボクは、安心させたくてそう伝える。肩に頭を乗せると伝わってくる、心臓の鼓動が愛しい。今日はボクよりほんの少し早い音。
 隠す本音がもし許せなくても、カナタはずっとずっとボクの愛する船長だから。

 カナタはショーの最中に、アルコールでおねむさんになってしまった。
 今はボクを大腿の上に乗せて、ボクのお腹を抱えて、むにゃむにゃとたまに不明瞭な寝言しながら眠ってる。音楽のボリュームは結構大きいのに、どこでも寝られるだなんてすごいなあ。冒険家だもんね。
「ここは安心かい、カナタ? ボクもねー、安心だよー」
 ひまわりの種をポリポリしながら、ボクは目の前できらきらしているショーを見る。カナタが起きてるときはちゃんと見られなかったから、これは最高の席かもしれないなあ。楽しくて、足をぱたぱた前後に揺らす。
 途中でもういちど、別のスタッフが絡みに来てくれたから水を買って、チップも渡した。まだ残ってるや。無意味にカナタの下着に挟みたいよねー。脱がすわけにもいかないし、ボトムの腰に挟み込む。
「カナタ、ほら、チップあげるから、膝蓋骨触らせてよ」
 さわさわー。きもちーなー。起きるー? 起きないー。
 あはは、ステージで、背後から腰を重ねて擦り合わせてるや。下着だからジョークなんだろうけど、ほんの数秒、ものすごくえっちだった。ポールを抱きながら押しつけられてたの、さっきの褐色の人だね。ああ、いいなあ。ボクもカナタにあんなふうにされたい。二人きりでさ。
「ねえねえ、カナタに下着のままね、お尻ぐりぐりされたらボクすごく幸せだろうなあ」
 ちょっと無理矢理にさ、二の腕を痛いくらいに掴んでくれて、やめてって言っても絶対やめてくれな何考えてるんだボクは。
 あーびっくりした。慌ててさっき買ったばかりのチェーサーを飲み干す。勢いが良すぎて、喉に少しこぼしてしまい、口元を拭う。
 酔っ払いの戯言なんて支離滅裂だな。なにひとつ信用ならないよ。ああ、びっくりした。今の、別に口に出してないよな? たぶん、心の中だけだったはず。ふう。
 びっくりして、酔いがだいぶ覚めちゃったな。
 え、なんでボク、カナタの上に座ってるんだ? 妙に気持ちいいと思った。カナタが緩く拘束している腕を解こうとすると、ぼやけた寝言と共に離れないよう強く抱きしめてきた。
「ちょっと、カナタ?」
 寝惚けてる腕力にしては強い。ボクも体に力が入らないからなあ。膝をくすぐったり、首筋に吐息を吹きかけると、まずいことに臀部へ硬いものが当たる。そっちは起こしてない。
「だめだ、これ、っダメなやつだ」
 カナタの唇から、ちゅちゅっ、と繰り返しリップ音がする。耳元でっ、こんな音、……立てないでよ! 気持ちのいい夢見てるんだろうな。でも今、現実で抱きしめてるのは、残念ながらアリエスじゃなくてボクなんだよ。ほら、体重は似てても乳房がないだろ。あああ、腰、揺らさないで。こら。
「あ、」
 だめ、だ、よっ。
 自分の口を抑えながら、ボクは足元を崩して腕からすり抜けを試みる。抵抗に太腿を叩きたくなっても、余計に刺激するだけだ。途中の引っ掛かりを潰さないよう頬擦りし、ようやく床に座り込んだ。ベッドじゃなくて椅子なら、なんとかこうして抜け出せる。
 カナタの開いた股の隙間を枕にする。はあ、もう、……はあ。内腿に溜まってる、カナタの雄の匂い……懐かしい位置だな、ここ……
「……カナタのすけべ」
 またスタッフが、ひょいと顔を見せにくる。こちらの様子を淡々とした微笑みで見下ろしてから、手を振って帰ってしまった。水また注文したかったのにな……、あ、ああ、もしかして、さっきのときも、ここで盛り上がって交尾しないよう見張ってるのかな……? ご苦労様だけど、ボクたちは違うよ……危なかったけれどね……
 抱き枕が消えたせいか、カナタが寝惚け眼をしばつかせる。
「んんー? あ、あー……シャルス……?」
 惚けて周囲を見回すカナタに、自分の乱れた髪を直し、頬杖をついて眺めてから、声をかける。
「おはよ。愛するボクらのキャプテン」
「……! さっきのは夢?! バッカ、こんなとこで……!」
 声をひそめて怒鳴られる。真っ赤な顔を更に慌てさせて、なんの想像で膨らませてるのさ。つい、ため息が出る。
「ボクのセリフかな、それは」
 心配になるよ、ボク以外の他の人をアリエスと間違えないでね。
 
 ダンサー集合フィナーレを見終え、残りのチップも撒いて、拍手で赤らんだ手にさえ満足して店を出ると、火照った肌をなだめる涼しい風が吹いていた。
 ああ、少し眠いな。ああ、帰らなきゃね。
 ヴィクシアにはない夜の鮮やかな明かりが、僕にとっては充分、異星の光景なんだ。未知の世界ではなくなったけれど、まだもっと知ることはあるだろう。
「な、これからどう……」
「シャルス王、お迎えにあがりました。楽しい息抜きのようで、なによりです」
 カナタの言葉を遮り、国章ピンをつけたネクタイの老紳士……国外警備兵が姿勢正しく、ボクに恭しく微笑みかける。発信器を騙して冒険に出てから、王への監視は何重にも強固だ。
 声をかけられて、握る力をほんのり強くしたカナタの手からボクは離れる。
「遅くまでご苦労さま」
 ああ、そうか。とカナタが小さく呟くことに、胸が締め付けられてしまう。納得するキミに、ボクも納得しなくちゃいけない。キミの僅かな落胆が、ボクの救いだ。
「また遊ぼうね、カナタ」
 やだな、帰りたくない。
 王国に帰って、王様のパジャマを着て、王様のベッドで眠って、明日の王様業に備えなくちゃいけないのは分かってるのに、さっきのカナタの言葉の続きが聞きたい。次にゆっくりムーサニッシュに来られるのは、いつになるだろう。
「もう終わりかあ」
「アリエスが家で待ってるよ」
 カナタが家に帰る理由があるから、ボクも城へ帰れる。それなのに、カナタはきょとんとした顔をする。
「いや、今日はアリエス、泊まりで出掛けてっけど……」
 そういえばそうだったね。
「エマさんは待ってるだろ?」
「お義母さんは、この時間もう寝てるぜ。遅くなるから先に休んでてくれ、って言ってあるしよ」
 じゃあ……カナタは帰っても迎えてもらえないのか。今日はカナタ、泊まりになってもいいくらい空いてたんだね。
「だから、もうちょっとシャルスといられたら嬉しかった、ぜ」
 へへへ、と残念そうに目を伏せて照れるカナタ。
「予想とは違ったけど、わりと楽しかったしな。今日はありがとよ」
 ああ、帰りたくない帰りたくない!
 帰らなくてもいい理由はないかな。警備兵は沈黙のまま佇んでる。彼一人じゃなく、物陰にもう一人くらい待機してるんだろうなあ。税金を無駄遣いしないでほしい、命と貞操の危機以外は引っ込んでてくれ。
 王の座はボクが決めた道なのに、キミが決めた右腕である方が、ずっと愛しいんだ。
 笑っててもきっとキミには、ボクの気持ちが伝わるんだろう。心配そうに顔を伺ってくる。心配させちゃだめだよね。
「そうだね、ボクももう少し一緒にいたかったよ」
 カナタの右腕に手を伸ばすと、兵士の手がボクの肩に静かに優しく触れた。逃避行なんてするわけないのにな。
 ささやかに短い、通話の着信音がした。ブレスレット機の表示を確認すると、そうだ。お願いしてたな。
「ちょっと出るね」
 何か言いかけていた警備兵のうなずきを見て、横髪を耳にかけながら受信する。
『おう』
「やあウルガー、通話ありがとう」
 二十三時過ぎ。昨日はなんの返信もなかったけれど、気が向いたらしてくれるだろう、と思っていた。ウルガーはなんだかんだ言わないけど、優しい。
「どうしようかと思ってたから、助かったよ」
 決めておいた通り、これで理性を取り戻そう。
『……ちゃんと話し合えよ。そのじいさん、少なくとも敵じゃなさそうだぜ』
「え?」
『じゃあな』
 意味を聞き返す前に、通話は切られてしまった。
「ウルガー、なんだって?」
 じいさん。警備兵の彼のことか? 敵じゃない。話し合う……って。一体なにを。ウルガーがどうして知ってるんだ? 話し合うのが苦手で周囲を敵だと考えていたウルガーが、そう言ったからには、大事なことだ。酔っているからか、思考がまとまらない。
「シャルス王」
 声をかけられて、兵士に向き直り、彼の瞳を見る。驚くほど、優しそうな顔をしていた。
「明日の七時までに空港に来てくだされば、なんら支障はございません」
 それは破格の延長だ。ときめくほどの猶予。
「いいの? かな。ボクは誕生日でもなんでもない」
「さきほどウルガー・ツヴァイク氏に、見つかってしまいまして。少々話をいたしました」
 ウルガーもここまで来てたの? やっぱりショー見たくなったのかな。
 どうやら、この地域では私の立ち振る舞いは一見して余所者だと悟られてしまうようで、と苦笑しながら彼は続ける。
 たまに、ほんのたまになら、目立たぬ程度に遊んでくださるのは構いません。
 王には人権がないとお思いでしょうか、いいえ、抑圧されて暮らす為政者は民の生活に心を見出せず、いつしか暴君と化します。前代ノア王も、国内ではありますものの若い頃ご学友と、お忍びで酒場に立ち寄られたものです。
「それにカナタ・ホシジマ氏であれば、アリエス様の伴侶としても、身元の保証がございます。信頼のおける人物だと、国外警備隊員は判断しております」
「い、いやあ」
 うえへへ、と照れるカナタ。そして、ボクの肩を嬉しげに引き寄せる。
「なんだよかったなあ、シャルス。ヴィクシアにも味方はいるんじゃねえか」
「我々は、敵とも味方とも言いかねますよ。……けれど」
 味方だと突然言われるよりずっと信頼できる口ぶりで、含んで笑う。
「個人的に、ただひとつだけ言わせていただければ……王の治世により階級の壁が取り払われたことで、孫が国内に留まりながら、愛ある結婚を果たせたのです」
「そんな、それは……! めでたいことだね。祝いの品を贈らせてくれ」
「滅相もございません」
 ボクが王として動かしたことが、民の結果になっている。良い形で。涙腺が熱くなると同時に、カナタが両腕で力強く抱きしめてくれる。
 ううん、まだ良かったのかどうかなんてすぐには決められない。元貴族と元庶民なら、口にしない苦労があるのかもしれない。そうだとしても、劣等生にしては、意外と頑張れていたのかな。ボクの自己満足や、争いの火種だけじゃなかったのかな。
「もちろん、付近に警備は配置させていただきます」
「お、じゃあ、じいさんも来ない? オレんち! その方が話もゆっくりできるだろ?」
「えっ?! カナタ、ボクを自宅に誘うつもりだったの?」
 兵士も目を丸くするけれど、すぐに穏やかに笑った。
「警護は私一人ではありませんし、実はそろそろ交代の時間ですので。ありがたいご申し出ではありますが、遠慮いたします。シャルス王とのひと時を存分にお楽しみください」
「そっかー。シャルスのこと、普段守っててくれてサンキューな」
「仕事ですので」
 それでは、ホシジマ家へお送りいたしましょう。その言葉とほぼ同時に、自動走行をしていたらしきヴィクシアナンバーの車が、ゆっくりと目の前で止まる。
 カナタの家へ。ほんの後少し、今晩ボクは右腕でいられる。

 別れ際、運転もしてくれた兵士は、手のひらほどの四角い包みをカナタに渡した。
 万が一の御用には必ずお使いください、と告げて去っていく。なんだろ。警護隊のこと一括りに邪険にして悪かったなあ……税金の使い道に関しては、守られる価値をボクが身につけるべきかもね。国内の警護隊はいろんな派閥が混ざってて頭痛がするけどさ。
「ただいまー」
 カナタがひっそりと声を上げると、点灯が部屋を自動で照らす。
 以前にも来たことがある、愛らしいパステルカラーの小物が揃った住まいだ。一家族向けのアパートの一室だから手狭だけど、三人で暮らすには丁度いいらしく、優しい生活感と整った清潔感がある。ボクの贈ったソファとローテーブルも、使ってくれて嬉しいな。
 あ、壁のプリント写真の数が以前より増えてる。家族写真っていいなあ。アストラ船員ももちろんで、ボクがそこに混ぜてもらえるのは、震えるほど誇りに思う。
 ソファに座らせてもらうと、一気に眠気に襲われる。別の部屋から布団を運んできたカナタもそばに来てくれて、ボクのブルゾンを脱がせてくれる。思うよりふわふわしてるかも。袖が片側抜けたところで、ボクはカナタの肩を円を描いてゆっくりと撫で回す。
「シャルス、そんなさわり方すんなって……」
 カナタのくすぐったそうな顔、すきだな。脇の下に腕を入れられ抱き抱えられ、ソファに横向きに寝かされる。
 照明の光から遮るように覆い被さるカナタを、ボクは普段よりずっとたどたどしく引き寄せる。服の袖をひくだけで、キミはすんなりと崩れて、胸にのしかかってくれた。
「ねえカナタ、……今日もいっぱい、愛してるよ」
「ん……、オレももう、限界かも……」
 カナタの重さ、息ができなくてきもちいいな、このまま寝ちゃい……
 いけない。明日は早いんだから、シャワー浴びておこう。離れがたいけれど、眠気が限界のカナタを渾身の非力で押しのけて、酔いのまだ抜け切っていない足を運ぶ。
「どこいくんだよ……」
「シャワーお借りするね」
「おー、温度気をつけろよー」
 勝手知ったる『娘』の家、というとこんな『父親』は嫌だなと思うけれど、我が家よりバスタオルの置き場も知っている。城なんてどこにクラバットしまってるかも知らないよ。
 少し温めた脱衣所でワイシャツのボタンを外していくと、またカナタの匂いがついてくれたみたいだ。酒臭さもある、カナタに抱きしめられていた感覚が残ってる。アリエスと語り合ったことがあるけれど、汗臭いときが最高なんだ。
 正面の鏡で、にやけてる自分に気付かされる。もったいないけれど、はやく浴びちゃおう。
 ぬるめのシャワーを腕にかけ、ゆっくりと末端から流していく。もったいないけど、仕方ない。ぼんやりするし、すっきりする。全身、軽く洗い流したところで、脱衣所の扉が開いた。
「なあに?」
 びっくりするなあ。ボクならともかく、キミが覗きだなんて。
「待ってると寝ちまいそう」
 全裸のカナタが、眠そうに入ってくる。右腕は完全防水仕様だけど、濡れた後の手入れが面倒なのか、薄手のシートが肩まで装着されていた。
「つーかズボンの中ごわごわすると思ったら、さっきの店の小さい紙出てきたんだけど、なんだあれ。こわい」
「それはボクからのチップだよ」
 酔っ払って突っ込んだ気がする。チップ払うからってカナタは自由に触れないのにねえ。でも、意外と課金欲はちょっと満たされたから、またやろっと。
「ヴィクシア者は紙幣を使うのが好きなんだ」
 カナタはなんだそりゃ、と言いながらお湯のはられていない湯船に入り込む。
「かけてかけて」
 気怠げに手のひらを振って招くから、少しずつシャワーを浴びせる。あー、臨戦してないサイズは久しぶりに見るなあ。ボク共々、アルコール摂取しすぎて勃たなくなってそうだなあ。それにしたって股を開いて、無防備すぎる。シートはお湯をパシパシと音を立てて弾いた。
「カナタは朝、ゆっくり入ればいいんじゃない?」
「もたもたしてたら、お前のこと送ってけねえじゃん」
「送ってくれるの?」
 うん、となんでもなさそうに、むしろ、ボクがなんで疑問にするのか分からないように、自然にカナタはうなずく。朝六時起きになるのになあ。迎えの人が来てくれると思ってたけど、そうだね。空港のギリギリまでカナタと一緒だったら嬉しいな。
「こういうとき冒険家って、時間に自由がきいていいね」
 問題は、今度はヴィクシアに招きたくなる気持ちを抑えることだ。
「アストラにいるときは無職みたいに言うな」
 カナタの髪にぬるま湯をかけながら、硬い黒髪をボクの好きにかき混ぜる。洗われるのが気持ちよさそうに、瞳を閉じてボクの手に頭を委ねてくれる。
「またボクを宇宙に連れてってくれ。キャプテン」
「おう、オレについてこい。今度は遭難しないようにするぜ」
 無事に帰ってこられれば、遭難も楽しいよ。とはいえアストラで待つ人がいるから、そんなわけにもいかないか。
 自分にもお湯をかける。水滴のしたたりが増え、皮膚からほのかな熱が染み込んでいくのが心地よい。お尻を普通に流してから、湯船の縁に腰掛けて足だけお邪魔させてもらい、一緒にシャワーを浴びる。底に少しずつ溜まるお湯をパシャリと蹴り跳ね、カナタのふくらはぎにひっかける。
 あ、たのし。朝早いならあとは寝るだけだし、泊まる意味は薄いかな、と思ったけど……カナタといられる時間が増えれば増えるほど、楽しいなんて当然だったよ。
「そうだ、さっきの。消したぞちゃんと」
 髪が濡れて色気が一般放送禁止レベルになってるカナタが、ボクからシャワーホースを取って、ボクのいろんなところにかけてくれながら言う。自分でやるより、思わないところに来るから、むず痒いけどきもちいい。下腹部だけは避けてくるけど、それはそうだね。なんの意識もしなくていいのに。
「消した? 何をかな?」
「ほら、あの、ポルノの。金髪の」
 ぱしゃー、と膝から下にお湯をかけてくる。
「え? なんで?」
 え? なんで? 消す必要ないのに。
「リストから消しても再ダウンロードできるよね。あとで入れようね」
「えっ」
「いっぱい使ってもいいんだよ、ほら、胸や顔にもいっぱい……かけて」
 シャワー、下半身だけだと寒くなっちゃうだろ。腰を浮かして、いっそ湯船に体を入れる。二人だと狭いな、でも入れなくはないか。肩から胸へ、ゆるくあたたかいお湯を浴びせてくれる。底についた手が、ぬるま湯の揺らめきに遊ばれる。
「だ、だって嫌だろ? キモチ悪くねえの? 怒ってただろいつも……」
「そんなの、気持ちいいに決まってるじゃないか」
 シャワーも、ボクだと思って発散してくれることも。
 ボクを性欲玩具扱いするなら怒らないよ。言わないけどね。教えたら絶対叱られちゃうし、ボクが望む扱いをしてくれるわけがないからね。ただ、ご奉仕するのはボクがいいな。アリエスとはもっと対等に過ごしてほしい。
「もっと、してよ」
 髪や顔へ、お湯が流される。髪を乱暴に優しく撫でてくれて、くすぐったい。カナタの匂いを落とすはずが、こんなふうにしていたら、体の奥にまで染み込んでしまいそうだ。きもちいいよ。きもちいい。カナタのあったかくて、きもちいいな。ああもっと熱くても、いいな。

 思ったより時間のかかったお風呂から出て、予備を貰って歯磨きもして、パジャマがわりのTシャツとハーフパンツを貸してもらう。洗濯物は明日には乾燥されてるだろう。服もアイロンパッチシートがあるから簡単だ。
 髪をタオルやドライヤーで乾かしながら、カナタのタブレットへの再ダウンロードを見守る。第一弾と第二弾。ご奉仕と、二作目の逆睡姦未遂、どっちがよかったんだろ。
「どっちがよかったの?」
 何故か、ボクにじっと見られながらダウンロード完了するだけで謎に憔悴しきったカナタは、ソファにうつ伏せてダンゴムシになってしまう。ドライヤーをカナタの髪にかけながらボクは聞く。
「ねえ、第三弾もあるよ。どう? これは買わないの?」
 三作目はシャムーアっぽい惑星で野外クラストスーツプレイかあ……お嬢様設定どこに行ったんだ、隠す気なくなってきたな。スーツデザインはジェネシスが絡むからかだいぶアレンジされて、配色だけ似てる。
「買わないならボクが買ってギフト送りつけるね」
「自分で買うからそれだけはやめて」
 起き上がってくれたカナタが買うところを眺める。暇なとき使ってくれるといいな。アニメ絵の女体だから、ボクとは全然関係ないもんね。安心してね。
「ううう……、……てかこれ、スーツ破れねえよな? オレとしては破れちまうと、モヤつくんだけどよ。簡単に破れるスーツなんか開発しねえとか思っちまう……」
「カナタがオタクみたいなこと言うの珍しいな」
 でも、宇宙での命に関わることだもんね。スーツの強靭さがボクたちを助けてくれたし、ファルケンの工場見学も楽しそうだったもんね。ああ、だから破れがちなクラスーものは全然持ってないのかな? 本当は好きなのかな? もちろんボクは好きだよ。
「今から起動して確認する?」
「しねえよ!?」
 ちえ。反応が見たかった。でも、どのくらいの収録時間なのか書いてないし、もうそろそろ寝なくちゃいけないか。気分が盛り上がったカナタをボクがお手伝いしたくなっても、困るからね。
 そうだ。
「さっきの小袋、なんだったの? 開けていい?」
「いいぜ。なんだろうな、防犯グッズとかか?」
 兵士に渡された包みは、ローテーブルの上にあった。テーブルは、布団を広げるため少し移動させていた。触り心地からすると、何か小柄な箱が二つ。
 開けてみると、品名、ああ、あは
「ふはっはは、はははは、キャバっ、キャバキャバ、……!」
 深夜に大声で笑うのはよくないと気づいて、口を塞ぐ。
 ボクたちに必要ないよ、これ!
 国外に出てる人でも、ヴィクシア出身ってやっぱりちょっと変わってるや。貴族は伴侶がいても愛人作るし、王族は側室制度もあるからなあ!
「お、オイオイ……なんだよこれ……」
「はー、はは、ふっふふ、まさか知らないの? コンドームとローション」
「知ってるよ!」
 だろうねー! はーあ、窒息するかと思った。うん、何もおかしいところはない、ごく普通にムーサニッシュの薬局で流通している、未開封の新品だ。ちょっと高級なやつ。
「釈然としねえなあ……オレたちそんな、そう見えるかあ?」
 たぶん、ボクの体を気遣ってくれたんだろうなあ。酷い誤解だ。あー面白かった。
「ローションはボクが貰ってもいいよ。一人用にも使えるから」
「いやオレたちも今はゴムなしというかそのぉ」
 ああ、そうだった繁殖期だね。セイラちゃんが楽しみだな。いうなればボクの『孫』だから、孫可愛がりする準備はしてる。
「ボクもゴムはいらないかな。昔、キミのご奉仕にたまに使ってたくらいで、久しぶりに見たよ」
「…………ぁぅ」
 カナタの気遣いだから受け入れてたけれど、つけると味がわからなくなるんだよなあ。一回で最低三個は使うから消費量が激しいんだよね。カナタが一人用で使ってもいいし、二人が妊娠出産まで使わなくても数年は持つはずだから、ホシジマ家に置いて行ってもいいかな。ローションも。
「そのうち使う日も来るだろうから」
「んあっ?!」
 カナタに二つの箱を、ぽんと手渡す。なんで驚くの? ひとまず見えないところにでも、しまっておいて。
「さあ、今晩はもう寝ようよカナタ」
「あ、あれ、ああ。そ、そうだな、おやすみ。シャルス」
 ボクは明日の朝のタイマーをセットする。箱はテーブルの上に置いたまま、カナタは床に敷いた布団に潜り込んだ。
 ボクが泊まりに来ると、カナタは自室に戻らずこうしてすぐそばで寝てくれる。ボクだけじゃなくて、ほかの男友達にも同じだろうけれどね。
「電気消すぞ」
 カナタが言うと、部屋の照明がゆっくりと光を抑えた。真っ暗ではなく、薄ぼんやりと周囲が見える。カーテンの隙間から見える外より、部屋は静かになった。
 ボクは床じゃなくて、いつもソファかベッドで寝ることになってる。高校のときカナタの寮室に泊まってた頃、翌朝に歩けないほど腰を痛めていたことがあるから。自分で贈っておいてボクがベッド代わりにしているのも、なんだか違う気もするけど、クッションがいいのは助かる。
 ……でもちょっと、寂しいなあ。
 頭の中にぼんやり響く、バーでの愉快な音楽とめくるめく多彩な光。良い夢より、良い夢心地を、あと少しだけ。布団にだけでも触れないかな、と腕を伸ばすと、カナタの右腕ももぞもぞと布団から出てくる。
「なんだよ」
 眠たげに、目を閉じたまま呟いて、キミはボクの手首を握る。脈拍を撫でるみたいに優しくて、不思議と鼓動が早まる。
「……おやすみのキス、してなかったね」
「ばーか」
 本音が喉をつっかえて、代わりに冗談が口を滑ると、カナタは小さく口角を綻ばせる。
 そうして、カナタの指が手のひらを這い、ボクの指をからめとる。手のひらを重ねて、微かに力を込めてくれる。
「これでも代わりにしてろ」
 気障なことは、ボクの役目のはずなのにね。手を握るのが、キスの代わりだなんて。まだ酔っ払っているのかな? きっとそうだ。ボクにも酔わせて。
 握り返して、握り直して、手のひらの窪みや手の甲の骨を模したライン、指の繊細な繋がりをじっくりと撫でる。カナタも、呼応するように返してくれる。
 ボクの手は柔らかいかな、分かるのかな。これはキミの右腕だよ。キミの右手に、ずっとずっと、会うたびにキスさせて。
 微睡の愛撫に、触れられてもいない胸がくすぐられて、笑いそうになるのを堪える。ふふ、と少しだけボクのこぼした声に、カナタは突然、素早く手を引っ込めてしまった。
「寝ろ寝ろ。おやすみ」
 ごろり、と向こうへ寝返りを打つ。ありがとう、シャイな照れ屋さん。
 明日の朝、キミにおはようと一番に言えるのを楽しみに、ボクはまぶたを伏せた。

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No.2661|彼方のアストラ関連

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