カナシャル小説
2022/01/24(Mon)
シャルスの結婚を誤解してジタバタするカナタの話(ルカ視点)13000字
※22歳頃、ザクキトが学生結婚、ルカはウルガーとルームシェア中
※ルカとウルガーに、おやおやこれは…?という感情が見受けられます
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【♡拍手】
『ウェディングベルを鳴らしたい』
頬を通り抜けるヴァーチャルの花びらが華やかに乱れ飛んで、主役の二人を彩る。
キトリーさんは無重力にぴったりな、裾と袖が地面よりも長く広がる軽やかなドレス。スリムなスーツが長身によく似合うザックさんにお姫様抱っこされて、空中で目が回るほど踊ってる。今日はいつもの百倍はキトリーさんが可愛いんじゃないっすか? ザックさんに言わせれば、いつも可愛いんでしょうけどね!
いやあ、いいっすねえ。結婚式。子どもの頃に大人の都合で連れてこられたのとは、大違い。親しい二人がこうしてめでたく、新たなスタートラインに立つ姿を見るのは、どうにもジンと感慨深いものがあるっすよ。別れる騒動起こしたと思えば学生結婚だなんて、やきもきした甲斐もあったってもんです。引き続きお幸せに、って呆れながら祝福しますよ。
高層の吹き抜けまで投影された宇宙空間を、ユンファさんの生歌が更に豪華に演出しだす。この浮遊ダンスパーティ、演出をオイラがお手伝いしただけはありますね、最高っすよ。次々と浮かぶ思い出写真に映る幼い頃の可愛い幼馴染カップルに、ラファエリ家の元使用人さんたちが和やかな歓声を挙げた。フニちゃんも星柄の帽子を揺らして、恋を祝福する羽付きの小人さながらに踊ってる。
キャンプの日々も映されると、アリエスさんの嬉しさのあまりの号泣っぷりほどじゃないにしても、オイラも、こんなのぐっときちゃいますよ。友人スピーチを済ませたカナタさんもなんかぼろぼろ泣いてて、その間にいるシャルスさんは二人にハンカチを渡してる。
フニちゃんも、ザックさんたちを祝福する羽付きの小人さながらに踊ってるし、ポリ姉もカクテルを傾けながら夢見心地みたいっすね。あ、カナタさんたちがずっと泣いてるの、アルコール効果もあるかもですね。
顔をあげると、友人カメラマンを担うウルガーさんを見つける。器用に宙を泳ぎながら、最近買った良いカメラとしっかり仕事してますねえ。気づくかなとピースをしてみたら一枚撮ってくれたりして、アンタちゃんと仕事してくださいよ。
は〜次はアリエスさんとカナタさんの式ですかねえ、こんなに楽しいなら他の人たちも結婚しないっすかね〜なんて思ってるうちに、きらきらとした式は幕を閉じた。
化粧直しのある女性陣を置いて、男性陣は先に中庭の見える休憩室へ。
アストラ船員用にひとつ用意してくれたみたいで、他の招待客がいないのは落ち着けて助かりますね。
ザックさんはもちろんウルガーさんもカメラ役としてまだ仕事があるらしく、ここにいるのはオイラとカナタさんとシャルスさん。カナタさんも顔は洗って、もうスッキリしている。
「いい式だったねえ」
ほう、とシャルスさんが一息つく。頬が上気してるといつもは気持ち悪い興奮なのに、今日はさすがに穏やかで、イケメンが際立ってますね。スーツも似合いますし。
「ムーサニッシュだと飛び回る結婚式なんてあるのも、驚いたよ」
「指輪交換のおごそかっぷりから、いきなり宇宙だとか、こっちでも珍しいっすよ!」
普通の結婚式なら、指輪交換と役所への書類に名前記入して、あとは披露宴としてダンスや立食パーティーが定番ですかね。定番プラス、ザックさんの発明品を取り入れてアレンジのある演出にしてみました。
「プランナーがいると、準備期間が短くても豪華になるんだね。ヴィクシアだと、自宅に親類が集まってドレスも料理も伝統的な手作りでやるんだ」
「へーえ、全部手作りなのも面白そうっすよね」
自宅といっても、貴族の自宅だとそれはそれで豪華そうです。王様の結婚式なんて、どうなっちゃうんでしょう? うーんシャルスさんの結婚かあ……
「よかったよなー。オレもなんか、こう、スッゲェのしたい」
「お! アリエスさんとの式はいつ頃っすか?」
少なくともシャルスさんよりカナタさんたちのが先ですね。
「え?! いやいや、すぐ予定があるわけじゃねえけどさあ」
交際まで長かったのに、結婚も待たせそうっすねこの男。ま、カナタさんは高校のときから想われてたの、告白されるまで全く考えもしなかったらしいっすけど。
「なにをためらってんすか。来月くらいに挙げません? アリエスさんに幻滅される前に」
「幻滅されるとか言うな!」
「ええ〜? どうなんすか〜?」
いやあ、言いはしませんけど、キャンプ中はカナタさんってめちゃくちゃカッコよかったですけど、日常だと勢いが強すぎるんですよね。将来は宇宙探検の会社興すって話ですが、億単位する船の買い戻しもまだですし。連帯責任に巻き込む結婚を、ためらうのもわからなくはないですよ。
けど、ついてこい!ってカナタさんじゃないのも、物足りないんすよねー。
「仕事が安定してからとか遅くないっすか?」
オイラの心境を微妙に読み取ったのか、カナタさんがふくれっつらを見せる。全然可愛くないっす。うるせー黙れくらい返せばいいんすよこんな軽口。ウルガーさんもっすよ、今いませんけど。
「……ボクもしたいな」
ぽつり、とそういえばしばらく黙ってたシャルスさんが静かにこぼす。
「あ、ううん。なんでもないよ」
顔を見れば、にこりと華やかに笑う。いつも通りの笑顔なんすけど、うあー、もしかして……オイラちょっと、シャルスさんのことも応援してたんすよね。
シャルスさんだってカナタさん好きじゃないっすか。
恋愛とは違うとかは言われてますけど、ほら、シャルスさんって笑顔で嘘つくとこあるんで、すんなり信用する人いませんよ。アリエスさんの幸せのために黙って身をひく〜とか平然とやりそうなの、嫌なんすよ。
「オイ。なんかはあったんだろシャルス」
「うーん、どっちの紅茶にしたいか迷ってたんだ。話の腰を折っちゃったね」
休憩室は喫茶店も兼ねて、種類の少ないメニューがある。アイスかホットかくらいの、茶葉も選べないような規模で迷って、そんな寂しげな声出しますかね?
カナタさんもちょっとは様子に気づいてるのか、シャルスさんの顔を覗き込む。
二人とも至近距離で数秒見つめ合った後、ぷは、と笑い出した。
なんすかそれ。なにお互い、ほっぺつんつんしだしてんすか。
「バカップルのやりとり見て寒くなったんでオイラはホットで」
「どこがだよ!」
男同士でカップルとか、それも面白いなーって高校時代にシャルスさんたちのイチャイチャ見てて気づいたんすよね。オイラ昔は、男は女が好きなものだって思い込んでましたし。シャルスさんが男のままでカナタさんを好きってのは結構、オイラの価値観には衝撃的だったんすよ。
ま、『面白い』が八割だったのは否めませんし、今はアリエスさんたちもお似合いだと思ってますけどね。こうしてシャルスさんと浮気してるの目撃しても、アリエスさんは何にも咎めませんから、平和っす。オイラだったら無理だなあ。二股とか最低っす。
「アリエスと結婚するの」
「ん、そのうちきちんと考えるつもりはあるぜ」
顔を寄せてひそひそと話すようで、ちゃんと聞こえてますよオイラにも。
「すぐにじゃないよね。じゃあ、……ちょっとだけ待ってくれ」
「おう?」
もしかして、まだ覚悟決まってないとかなんすかね?
真剣な口ぶりと眼差しに、カナタさんは間抜けヅラで首傾げながら応える。アリエスさんのときも脈なしで死んでた男ですし、分かんないんでしょうねえ。
そこで女性陣も化粧直しから戻ってきて、また本日の主役の話に花が咲きました。
ザックさんとキトリーさんの新婚生活……といっても元々半同棲でフニちゃんとも暮らしてたから、卒業するまではそんなに変わらないらしいんすけど、結婚式から数日後の夕方。
家の玄関をついバタバタと駆け抜けると、ウルガーさんは銃を撃つ手の仕草で嗜めてくるから、オイラはバキーンと見えない弾を素手で跳ね返す。
変装用のぶっとい眼鏡を狼のぬいぐるみの鼻にかけて、買ってきた食料品を冷蔵庫に詰めながら同居人に話す。
「聞いてくださいよ。オイラ、さっき面白いの見ちゃったんすよ」
「なんだよ」
ブラウザから目を離さず、ウルガーさんがぶっきらぼうに返す。
「シャルスさんがデートしてました」
『はあ?!』
返ってきたのは、ウルガーさんじゃない。カナタさんの素っ頓狂な声。
「あれ? 通話中でした?」
コーヒー豆も食料庫にしまい終えたので、ブラウザをひょいと覗くと、先日の写真の他にカナタさんの顔が端っこに載ってた。
「ありゃー。せっかくの話、雑に聞かれちゃいましたねえ」
買ってきたZTのトラジマアイスバーをくわえる。うま。
『大した話じゃねえだろ。どうせ仕事中だって。オレ、シャルスにそんな相手いるって聞いてねえもん』
自信満々にヘラヘラ笑ってるカナタさん。
シャルスさんが絶対話してくれると信じ込んでる、そういうとこありますよねー。みんな甘やかしすぎなんすよこの男を。
「デートだろうと仕事だろうと、シャルスが女といるのは珍しくもねえだろ」
ウルガーさんが呆れながら、どうでも良さそうに呟く。
確かに街中でファンの女の子に見つかっても、シャルスさんってかなりファンサービスが丁寧なんすよね。なのにガチ恋勢でさえ上品で羨ましいっすよ。
ってのは置いといて、今日は違うんすよねえ。
「まず女の人じゃなかったんすよ! 二人きりで仲良さそうだし、筋肉もりもりのイケメンで!」
『たぶん城の兵士だな。護衛じゃねーの?』
画面のカナタさんが余裕ぶっこいて、小袋のえびせん食べだした。
「気合入ったオシャレな私服だったし、仲睦まじくデート御用達の喫茶店から出てきた後、どこ行ったと思います?」
『アイツいっつもオシャレしてんじゃん。どこ行ったんだ?』
「ホテルにでも入ったのかよ」
「ウルガーさん正解!」
正解のインパクトを下げるつもりの言い草に、びしりと頭へ指を指し示す。
黒髪二人の頭が、同時に硬直する。ヒュー! たのし!
『ホテル…………ん、あー、ムーサニッシュに来たのが仕事なら、そりゃ泊まることもあるだろ』
「カナタさんは聞いてないんすよね、今日明日ムーサニッシュに来てるって」
動揺が顔に出てますよ。黙ったままえびせんを食べ出すの、喋らないためのやつでしょそれ。
こっちに来てたら、隙間の三十分でも会えないかどうか連絡とってくるシャルスさんですからねえ。会うの承諾するカナタさんもカナタさんですが。
「ビジネスホテルなら騒がねえよな」
「前にウルガーさんが、政治家が愛人と泊まりがちとか言ってたあの高級ホテルっすよ」
『へはっ?!』
「あそこか……って、別にそれ用じゃねえぞ。金持ちの結婚式とか誕生日会にも使われる、真っ当なところだ」
高級ホテルは昔は旅先でよく使ってましたけど、地元のは詳しくないんすよね。
あ、でも昔何度か、変なテンションのおじさんとホテルレストランで食事した記憶がうっすらありますが、あれフェリーチェだったのかもですねえ。まあいいや。
「ザックさんたちの式場候補にも入ってましたね、そういえば」
『なんだ、びびらすんじゃねえよ。シャルスが愛人になるわけねえだろ、王様だぞ』
王様って要するに地区長だから政治家なのに、なんでシャルスさんが愛人になる側で考えてるっぽいんすかこの人。失言多すぎて、政治家になったら知名度だけはダントツになりそうっす。
『しかも、入ったの見ただけなんだろ?』
「そうなんすよねー。見たの道路の向かい側だし、オイラのアイス溶けちゃうし、そのあとは見逃しちゃいました」
『それなら仕事だ、今回は時間空いてねえんだよ多分。オレは水曜休みだけど……ほら誰かを観光案内しなくちゃとか……、いやムーサニッシュのことシャルス詳しくねえし王様がすることでもねえけど……いや友人……なら別に紹介してくれても』
カナタさんが動揺しながら納得しようとするところに、ふうう、と長いため息をつくウルガーさん。あ、めんどくさくなってきました?
「聞けばいいだろ直接」
言いながら、ゴツい腕時計の通信を起動して、カナタさんにも画面が見えるようにしてから入力。[今仕事中か?]
しばしの間ののち、すぐに返ってくる。[何かあった?]
「仕事中にしては早いな」
何気ない呟きに、ぐっと胸を詰まらせるカナタさん。えびせんの袋が空っぽだと気づいて、手持ち無沙汰に揉んでいる。
面白いから黙っときますけど、本当にデート中だったら返事はもっと遅い気がしますね。やっぱ仕事なんですかね? ちょうど相手がシャワー浴びてるだけパターンもありますが。
[さっき見かけた。誰かとこっち来てんのか?]
「お、ストレートにいきますねえ」
「ルカの見間違えな可能性もあるからな」
「あれはシャルスさんでしたよ。声は遠くて聞こえませんでしたが、顔も光ってました!」
眼鏡と帽子はつけてましたけど、オイラの変装と違って目立つんすよあの人。
顔が光るならシャルスだな、と二人も黙って納得してくれる。
けど、今度は返信がすぐ来ない。
「仕事で手が離せないか」
ウルガーさんがそう言った途端、次のメッセージが届いた。
[カナタには内緒にして]
え?
なんすかそれ。
[アイ・イエー]
ウルガーさんは真顔で返信して終わらせますが、カナタさんは手の中の袋をぐちゃぐちゃに丸めて、ゴミ箱に投げ捨ててました。
「これもしかして、からかえないやつでしたか? まずいやつっすか?」
返ってくる沈黙に、マクパでワームホールつついて吸い込まれたときのゾッとした感覚が蘇りましたけど、いやあれは結果オーライですし! これはどうなんでしょ、うわ。
『オレ、通話かけてみよっかな』
この期に及んでまだ呑気に言い出すから、ウルガーさんと慌てて止める。
「やめろ、このタイミングで聞くな」
「そうですよ、まだ浮気と決まったわけじゃないでしょう?」
デートだと煽ってたオイラが言うのもなんですが。
『浮気じゃねえし。シャルスはそんなことしねえ。話したら誤解だって分かるだろ』
「いやいやまず付き合ってないでしょアンタら」
オイラの不謹慎ボケを真っ正面から受け止めないでくださいよ。こわいなあ。
カナタさんって自覚あるのかないのか、分かんないっすね。すぐ腹割って話したがるんですから、もう。いいとこなんすけど、ビックリします。
デートを隠したいってことは何か事情があるんすよね、きっと。
「何だったとしても、大将に今は聞かせたくないからオレに口止めしてんだろ。そのうち話してくるってどっしり構えて、信じてやれ」
「おお……」
『……それもそうだな』
ウルガーさんの説得で、カナタさんは一旦落ち着いたようですね。
「こっちはルカも帰ってきたし夕飯の支度する。シャルスに連絡なら明日以降にしとけ」
『わかったわかった。ありがとな。じゃあまたなー』
通話が切れる。ウチの夕飯にはまだ早いから、疲れて終わらせたいんですねこれは。
オイラに視線に気づいたのか、ウルガーさんの三白眼が睨む。
「なんだよ」
「なんか親身ですねえ」
シャルスさんを苦手だったとは思えないっす。
オイラとルームシェアできてるくらい元々優しいんですけど、なんかウルガーさんが人間関係にしっかり絡んでるの見ると、妙にモゾモゾしますね。痒い? 違うなあ。
「どこがだ。巻き込まれたくないだけだ」
「あー色恋沙汰に」
「はっ、そうだな。色恋沙汰にな。オレもアイス食う」
いつもの斜に構えた笑い方をして、椅子から立つ。
冗談でラブコメ扱いしましたけど、もしかしたら的を得ているのかもしれませんね。撃ったらヤバイ怪物なだけで。
ともあれ、アイスはうまいっすね!
そんなこんなで、しばらく経ってから。二週間くらいっすか?
午後は休講。美術館でも寄ってこようかなと近くを訪れた有料庭園で、ジャージ姿のカナタさんが、太い広告柱に寄りかかって佇んでました。そういえば水曜休みとか言ってましたね。
待ち合わせにしては不審者なので、視線の先をなんとなく探すと、併設のカフェテラスに妙に優雅なオーラ出した後ろ姿を発見。シャルスさん?
あ、また男の人と逢引き中みたいですね。以前の人と同じですかね。
相手の話を聞いたり、自分で話したり、ずっとテンポよく話が弾んでるように見えます。中央に置いたタブレットの浮遊表示でなにか見ながら話題にしてるようですが、遠過ぎてここからじゃ内容は見えません。生物の話でもしてるのかな?
ここはカナタさんの背後に回って、何かひとつからかいますかあ。
1ドルの入場券をタブレットで買っている隙に、カナタさんは業を煮やしたかシャルスさんたちのテーブルへ大股で足を運んだ。
お、行きますか。わくわく。
今度はオイラが柱に隠れて、タブレットでも見て待ち合わせのフリでもしようかなと思いましたが、ここからだと声が聞こえませんね。もう少し近いところは……
テーブルまであと数歩なところで、カナタさんが足取りを徐々に緩め、ついにはピタリとすくませた。
おや?
そこまで行って、なに日和ってんですかカナタさんのくせにと身を乗り出すと、振り向いたカナタさんと目があってしまった。うわうわ、やば。
「せっかく突撃したのに、何戻ってきてんですか!」
「何だよルカ、いつから見てたんだよ!」
二人して柱の影に隠れてしゃがみ込み、ひそひそと叫び合う。
こっそりシャルスさんの方もうかがうと、話を続行しているみたいですね。カナタさんが近づいたのに気づかないなんて、よっぽど夢中になってるんですかね。
「オレの右腕をよろしく〜ってアホなノリで同席してきてくださいよ」
「パンフレット見てたんだ」
オイラの無茶振りをスルーして話し出す。
「美術館とか映画とかの? あ、恋愛映画観た帰りとか!」
付き合う気のない同士で行くのは、わりとハードル高い気がします。あっでもオイラ、好きな俳優さんが脇で出てるから、ウルガーさん連れて行ったことありました。
「け、結婚式、の……」
結婚式。
「はい?」
そういえばこの公園も、季節になると本物の白鳥が湖を泳ぐんで、誰かが挙式だか撮影だかしてるの見かけたことありますね。
「動物と戯れるプランはどうかなとかあ! 同性カップルはどうするんだろうとか和気藹々してて、オレ、なんか……うう」
いやそこは話しかけていきましょうよカナタさんならいけますよ。
「チキンすか。鶏肉のタルタルソースすか」
「言い方キツくない?!」
カナタさんは冷静に考えられてないけど、もし結婚まで話が進んでるとしたら、オイラたちに紹介されてないのはおかしいんすよね。王様のお見合いが、いきなり婚約者からスタートだとしても。
シャルスさんがオイラたち、特にカナタさんへの報告を忘れるどころか秘密にするくらい、恋愛にのめり込む……? イメージじゃないっすけど……
「恋をすると人は変わるって言いますもんねえ」
「んぐ」
ぽろりと口に出してしまうと、喉を盛大に詰まらせるカナタさん。
シャルスさんとの関係だって、オイラからすれば、キャンプのときより変わって見えます。親密なふたりの世界を、肘から下の右腕一本で築いたみたいで、そりゃあもう恋でもしたかと思うくらいに。
あの雰囲気には、恋人のアリエスさんもおいそれと入れない、みたいなこと言ってました。あっけらかんと言ってましたけど、アリエスさんへの言動は見てる限りは相変わらず、なんすよねカナタさんって。
だからこそ、新たな恋を選ぶシャルスさん、かあ。ありえるんじゃないですか?
シャルスさんを選ばなかったんでしょ、アンタ。恋は恋人としてくださいよ。
「潮時なのかもしれませんね、アンタたちの関係も」
「やだ」
短く言い放って、カナタさんは柱から出た。
やだ? ヤダって言いましたかこの人! ワガママすぎて、すぐに理解できませんでしたよ!
「シャルスさんはアンタのじゃないんすよ!」
嫉妬に駆られた男の服の裾を、ぐいと引き止める。でもオイラの力で、この人は止まるわけがなくて、逆に柱からすっかり飛び出してしまった。
「シャルスがオレのじゃねぇことくらい、分かってんだよ!」
「それは心外だなあ」
よく通るカナタさんの叫びに、のんびりと柔らかな声が返ってくる。
「ボクはキミのものだと思っていたよ」
「ヒェ、シャルスさん!」
いつの間に。あ、実はさっきの接近に気づかれてました?
困ったような笑顔で佇むシャルスさんの背後には、やっぱり以前に見かけたのと同じ、背の高い筋肉質の男の人。
真面目そうなツリ目の三白眼で、近くで見てもなかなかのイケメンさんです。少し年上かもですが、シャルスさんも黙ってれば大人びた美形なので程よいですね。
「オレのじゃねえだろ」
「キミのにされたいな」
カナタさんの義手に触れてきたシャルスさんの手を、更に掴んだ。
「それなら。前のときも今日のことも、その人のことも、ちゃんと教えろ」
「……ウルガーから聞いたの?」
「あ! オイラが! オイラ、メールのときに実は一緒にいて。うっかりカナタさんにも話しちゃったんですよ! すみません!」
起きた順番は違うけど、これならウルガーさんが言いふらしたことにはならない、ですかね? オイラがカナタさんに聞かせちゃったのは本当にポカやらかしましたし。
「そっか。ううん、大丈夫だよ」
オイラをあっさり許すシャルスさんの二の腕を、カナタさんは両腕で掴んで、まっすぐ瞳を捉えた。背後の男の人がとっさに背筋を張るが、シャルスさんは手のひらだけで合図した。
「紹介が遅れたね。彼は、城で王室警護を勤める青年だよ」
続けてシャルスさんが苗字を告げると、ヴィクシア兵士さんらしい敬礼を見せる。私服なのに、一気に兵士さんなのが滲み出てきます。
「身分違いの結婚を考えていてね。ヴィクシアではまだ認められていないから、こっちでボクの警護も兼ねて、話し合っていたんだ」
カナタさんはひとつだけ大きく呼吸をしてから、似合わないほど慎重に口を開く。
「結婚式の話、してたよな」
「バレたなら仕方ないね、観念するよ」
「…………挙げるつもりか」
「うん」
何の躊躇いもなく、穏やかに微笑む。幸せそうに笑う。
こんなのカナタさんが怒髪天しちゃうんじゃ! なんて内心慌てたけれど、カナタさんはただ頭をシャルスさんの首筋にもたれさせた。
「……へへ。話してくれりゃ、いいんだぜそれで」
オイラには微かにしか聞こえなかったけれど、暴れ出すなんて縁遠い、弱々しいけれど力強い声でした。
「オレの右腕をよろしく頼む」
それから兵士さんにもはっきりと告げた。
本当に、カナタさんは話してほしかっただけ、なんすかね。そんなことだけで、よかったんすかね。
目の前の柱におでこを当てると、ひんやりとして少し火照りが和らぐ。
傍目からすると恋にしか見えなかっただけで、二人の間はやっぱり友情が全てで、カナタさんはシャルスさんの新たな道を祝福できる男で……すごいな、オイラだったら出来るかな。
「……お幸せにな……」
「それはボクのセリフだよね?」
大きく首を傾げるシャルスさん。
おや。
「陛下。僭越ながら、私がお見受けした状況を申し上げて宜しいでしょうか」
「お願いするよ」
カナタさんの頭を指で堪能しながら言うシャルスさんに応えて、兵士さんは腰の後ろに手を組んで口を開く。
「ホシジマ氏は、陛下にお供をする私の姿を見かけた際、恋人に誤解したと思われます」
「ええ?! どうしてそんな?!」
ぽかんとした顔をして驚くシャルスさんに、カナタさんは顔を起こして至近距離で唸る。
「どうしても誤解もねえよ、結婚式の話で盛り上がってただろ!」
「それはもちろん、結婚式を挙げるためだよ!」
「ほらあ!」
怒鳴るふりして、涙目になってませんかカナタさん。
「陛下、ヴィクシアでの新企画を立案中である旨を伝えすることを、進言いたします」
あ。
あっ、ハイハイハイ、わかりました。分かっちゃいました。もうお見通しです。
「新企画?」
「ウェディングプランを相談してたのさ。ヴィクシア王室提供のね」
「提供……プランって、あれか、まさか施設側目線か?!」
そっちの『挙げる』ですよね、ははーんそういうことですか。恥ずかしくないんすか、変な誤解して騒いだカナタさん。オイラはめちゃくちゃ恥ずかしいっす!
よく考えなくても、ヴィクシアって観光地区でしたね。あの古めかしい街並みや、もしかしたら城の玄関とか庭園で結婚式を挙げたり、噴水の前で馬とか乗ってウェディング撮影なんてできたら。
「おおお……いいんじゃないですかそれ。女の子ウケも良さそうっす!」
「だろ? 花嫁にも花婿にも喜んでもらえるよう、結婚式プランのある施設へ学びに来ていたんだ」
そういえば、シャルスさんを見かけた場所ってどこも、専門じゃないけれど結婚式プランもしてるとこですね。だから式場選びのカップルにも見えてましたが。
「彼もヴィクシアでは身分違いの、貴族じゃない女性との結婚を悩んでいたから、それも一緒に通したいんだよ。外では身分差の概念がないことも、知ってもらいながらね」
むしろ、今までヴィクシアにはなかったんですかね、と思いましたけど、そっか。今まで観光禁止だった貴族や城との壁を壊したのはシャルスさんの治世だから、心の壁みたいなものはまだ燻ってるんすね。
「ただ仕事というには、今のところ道楽扱いされてるから休日だけでさ」
「じゃあ最近、オレらに会いに来ないし、用事があるって断ってたのって……」
そんなに頻繁に会ってたんですか? オイラたち抜きで?
「会えない代わりに朝、通話してただろ?」
「あんな話だけじゃつまんねえ」
うわ……真顔で何言ってるんすか。ドン引きしました、ノーコメントで。
話すりゃ分かるとか言っといて、これですか。あーあノーコメントで。
ムカつくなあノーコメントです。
「まさかボク自身が結婚すると思われるだなんてね……意外と信用されてないなあ」
「う。オレだって信用してないわけじゃ、あ、いや、疑っちまったけど」
あからさまに冗談っぽくため息をつくシャルスさんに、露骨に動揺し出すカナタさん。
「オイラは最初からわかってましたけどね!」
「嘘つけ!」
オイラのちょっとした茶々に、カナタさんがしっかりツッコミを入れてくる。
「おっ、二人の世界になってなかったんすね」
「そうだね。立ち話より、席に戻らないかい? お茶奢るよ」
シャルスさんがテーブルに戻ろうとする手首を、カナタさんはまた掴む。
「待て。じゃあ黙ってたのはなんでだ? それも話せ。相談ならオレだって乗ったぜ?」
そこなんすよね。『内緒にして』発言が誤解を深めたところもあります。
「カナタさんたちが結婚するときのプランなら、本人達に聞くのが一番じゃないっすか?」
「ビックリさせたかったんだよ」
ああそれ、とばかりにあっさり告げる。
「さりげなく準備万端にしておいて、将来の挙式選びのとき、選択肢の一つになれたら嬉しいなと思ってさ」
「特別な事情なんか、なかったってことですかあ?」
本当に、ビックリさせたかっただけ、それ以上の裏なんかひとつもなさそうっす。
「なあんだ。良かったぜ、そんなのシャルスのを選ぶから安心しろよ」
「そうじゃないよ」
安堵して手首の力を緩めるカナタさんの言葉に、ふるりと艶やかな金髪を振る。
「たくさんの素敵なものの中から、選んで欲しいんだ。二人の思い出に貢献できるよう、ボクを頑張らせてくれるかい?」
まだ触れていた義手を、シャルスさんの左手が控えめに覆う。
「ああ、わかった。いつか選ばせてくれ」
「ちゃんと選んでくれよ」
なんすかこれ。
また二人は見つめ合った後、ふふふと堪えきれずに笑い出す。手首を掴んでいたはずが、指を交差させて繋ぎ出す。
それからキャバキャバと声を弾ませていくシャルスさんは、カナタさんの恋路の風景になりたがって、それを見て少し呆れるカナタさんは、他の相手と恋路を行く。
「いや、もう、考えるほどおかしいや。ボクが男と結婚かあ、キャバッ」
「信じなくて悪かったって! なんだよもう、そんなに笑うな!」
恋人なら、できないっすよね。
けどこの光景は、恋人みたいにしか見えないんすよ。
「なんすかこれ、なんでしょうねこの人たち」
兵士さんに尋ねてみますが、ノーコメントらしく愛想笑いだけでした。
二人に尋ねたらたぶん、『船長と右腕』だと臆面もなく言いやがるかと思いますが……本当に、この二人にとっては『それ』なのかもですね。
シャルスさんの新しい恋だとか、勝手にオイラが誤解してただけで。
誤魔化すものなんかないのに、大事なこと隠してるように見えただけで。
本人たちには違和感ないのかも。大事な相手と大事にし合う、単純な話っすか。
うらやましいような、あれ? うらやましいんすかね、オイラ。
うーん。ううーん。
なんかムズムズしてきました。
「さ。ここは白鳥ウエハースサンドが名物なんだって、一緒に食べようよ」
「お、いいな」
オイラが悩んでいる間にイチャつく気が済んだのか、シャルスさんは、カナタさんだけじゃなくオイラの方も見て誘ってくれる。
「あのー、今回のことウルガーさんにも教えていいっすか?」
ウエハースも気になりますが、ウルガーさんにこのムズムズしたとこ、聞いてもらおう。この人たちじゃダメです。参考にすると頭がおかしくなるっす。
「黙っててもらってたもんね。うん、ぜひ伝えてくれる? 他の人にはまだ、……内緒ね」
顔を光らせて、口元に指を立てる。うおあイケメン。
こんなの間近で連発されてるにしては、カナタさんはまともな方かもですね。
「じゃ、お先に失礼しまーす。早く教えたいんで!」
「そうなの? 彼に車で送らせようか、この近くだったよね」
シャルスさんは兵士さんに視線を向ける。
自然な流れでカナタさんと二人きりになろうとしますねシャルスさん、あんまり自然じゃないっすよ。
「兵士さんは王様の護衛がお仕事でしょう? んじゃ! また通話しましょーね!」
大きく手を振って庭園からオイラは出て行く。二人も大きく手を振りかえしてた。ま、結婚式のプランでもゆっくり話し合っててくださいよ。
オイラはさっそく、取材の仕事に出てるはずのウルガーさんにメッセージを送る。
[今日は早く帰ってきてください、話したいことがあります]
思ったより早く帰ってきたウルガーさんは、はじめは何故か真剣な顔してましたけど、シャルスさんの新企画を話しているうちに、拍子抜けした顔をして雑な相槌しながらコーヒーを淹れ出した。
「そんなことだろうと思ってた」
コーヒーミルのスイッチを止めてから、呆れて淡々と呟く。
「分かってたふりとかはダサいっすよ、オイラの分も淹れてください」
「式場プランとかは知らねえけどな、あのシャルスが大将を傷つけるわけねえから、誤解だってのは察しがつくだろ」
この落ち着きっぷり。ふりじゃなくて、本当に分かってたのかもしれませんね。黙ってるだけであなどれないとこあるんで、ウルガーさんの洞察力って。
「傷つけたくないから、正論で離れようとするってのもあるじゃないですか。馬鹿馬鹿しいですけど」
「…………まあな」
ウルガーさんもやりそうなことなので、なんとなく釘を刺しておく。刺したの気づいてるみたいなので、良しとします。
「あの人たちの関係、見れば見るほど不思議なんすよねえ。どっちつかずというか、右腕にしては空気が怪しいというか」
冷凍庫を閉めながら、オイラを意外そうに見るウルガーさん。なんすか。
「あいまいでいいんじゃねえの」
「あっ……そうですね!」
誰よりもオイラがよく言う言葉じゃないっすか! あいまいでいい、って。
それが一番、オイラのムズムズでモゾモゾしたところに染み込んできた。
考えてみると、なんで恋だか友情だか分からない二人を、ハッキリさせたかったのかな、オイラ。うーん。
ヴィクシアの式場でカナタさんとアリエスさんが結婚式挙げてくれたら、シャルスさんめちゃくちゃ喜ぶんでしょうねえ。楽しそうです。うーん……
気づくとオイラは、もっと幸せな結婚式がないか、なんて頭の中で探してました。親友たちの結婚よりもっと幸せな結婚式? んん? なんすかそれ。
腕組みしてる間に、コーヒーの匂いが鼻をくすぐり、ほんのり湯気を漂わせるカップを受け取る。よしよし、ちゃんとバニラアイスぶち込みコーヒーにしてくれてますね。
「どうもっす。しっかし、ウルガーさんに言われるのも悔しいですねえ」
「たまにはルカも悔しがれよ」
日頃からかわれているウルガーさんはオイラの隣に座って、ブラックコーヒーを飲む。
うーん。分からないですけど、そのうち分かるような気もします。
そうっすね、あいまいで丁度いいかもしれません。オイラ好みのコーヒーみたいに。
【♡拍手】
次回更新予告/クロボー漫画2p予定
No.2826|彼方のアストラ関連|